闇の中の図書館

aqri

少女は暗闇で本を読む

 少女は本を読む。


 図書館の中は真っ暗だ。この図書館は地下に造られており日の光が届かない。火を使う事は禁止されている。火事が起きかねないことと、換気する造りになっていない為酸欠にならないようにということだった。

 しかしそれでも少女は本を読む。本を読むことができる。


「この図書館はね、五百年以上前に滅ぼされた国の蔵書。国王は滅ぼされる事を想定して、地下に巨大な図書館を作って本を守ったの。人々でも財宝でもなく、この国の文化を守ったの」


 少女が語り掛けているのは旅の男だ。地下に暗闇に包まれた図書館があるという噂を聞いてやってきた。地下におりる階段を見つけ、迷路のような通路を抜け、数日かけてやっとたどり着いた。


「あの迷路みたいな道は、敵を侵入させないための工夫か。どおりで長いし要所要所に罠が仕掛けてあるわけだ」

「ひっかかっちゃった?」

「いや、全部避けた」

「さすが」


 少女はくすくすと笑いながら本を読む。


「今読んでるのは?」

「白騎士と黒騎士の物語。人を大切にする白騎士と、国を大切にする黒騎士の戦争の物語。白騎士が負けちゃうんだけどね」

「珍しいな、そういうのはたいてい人を大切にする方が主人公っぽいけど」

「人はすぐに意思が変わるし人の数だけ思いがある。そんな終わりのない欲望にいちいち付き合ってたら身を滅ぼすに決まってるわ。国という、人間を生きさせるための仕組みを大切にした黒騎士の戦い方の方が強いに決まってる」


 ぱたん、と本を閉じた。男は少女に近寄りまじまじと顔を見つめる。


「目が見えないのか」

「そうよ」


 少女の目は閉じられている。目があったであろう場所は大きな傷跡が残っていた。大きな刃物で横一閃された痕だ。角膜どころか眼球そのものが切られたのだろう。糸で縫う事で無理やり傷閉じ、二度と瞼が開かないようにしてある。


「どうやって本を読んでいるんだ? 何も見えないだろう」

「そうね。一冊何でもいいから本を開けてみて。貴方のいる場所から右に二十五歩あたりの本棚なら何でもいいわ」


 男は言われた通りに右に二十五歩進み、てきとうに本を取るとそのままぱらっと本をめくった。そして目を見開く。


「これは……文字が光ってる?」


 本は薄緑色に光っていた。それは書かれている文字が光っているのだ。どの項を見ても薄緑いろに文字がチラチラと光っている。すっと指で軽くなぞってみると光が指に着いた。


「これは?」

「本に使われているインクは樹液を混ぜたものが使われてるの。その樹液を求めて寄ってきた小さな虫よ。暗闇の中で光るわ」


 確かに指についている光はわらわらと動き始め、指からどんどん離れていく。そして再び開いていた本の中へと戻り文字に重なっていく。閉じた本の中に入ることができて、指でこすっても死なないくらいにとても小さい虫。まるで蝶の鱗粉の様だ。


「その虫がインクを食べてしまうわ。食べた部分は表面がうっすら削られたようにへこむの。文字がほんの少しだけ沈んだようになるのよ。だから私はそれを指でなぞって文字を読むの」

「そんなことができるのか」


 少女のもとに戻り、試しに少女が読んでいた本を開いてなぞるが全くわからない。うん? と声を上げれば少女はおかしそうに笑う。


「少し慣れが必要ね。指の感覚を研ぎ澄ませばそのうちわかるわ。触れるか触れないか、それくらいの力加減じゃないと無理ね」

「難しすぎる」


 溜息をついた男に再び少女はコロコロと笑った。


「なるほど、目が見えない、例え見えたとしても暗闇の中で本が読めるのは素晴らしい。しかもこれだけの量だ」

「でしょう? まだ文字を食べてる途中の本がたくさんあるわ。それに指でなぞって読むのは時間がかかるもの。一冊読む間に他の本がどんどん文字が削れていくから丁度いいわ。でも、それでもいつかすべて読み終わってしまうけどね」

「永遠の時を生きる貴方には切ない事情だね、夜の女王」


 男がそう言うと少女はふっとため息をつくように笑う。


「懐かしいわ、その呼び名。最後に呼ばれたのはいつだったかしら、この国が亡ぶ少し前だから六百年くらい前だったかしら?」


 人ならざる者、夜に紛れて人を襲うノーライフキング。

 夜の女王ベルリアンゼ=フェル=マーレン。

 人を襲うバケモノとして絵本によく登場する存在だ。地上から姿を消してもなお絵本や伝説で語り継がれいまだ人々の記憶にあり続ける。


「慢心して油断していたら目をやられてね。純銀で作られた剣で切られたものだから治らなかったわ。まあいいけど。こうして本を読むことができるのだから」

「待っていれば財宝を求めて人がたまにやって来る?」

「そうね」


 ここに来るまでに罠にかかったであろう人間の残骸はいくつかあった。命からがらこの場所にたどり着いても、待っているのは人を喰らう夜の女王だ。彼女の周囲には綺麗に重ねられた本の他に、おそらく服だったであろうボロボロの布切れや荷物などが散らばっている。

 飢えて死ぬことがない彼女は例え人が来なくても生き続ける。来た時はおやつが飛び込んできたような感覚なのかもしれない。


「ところで貴方は旅をして長いの?」

「そうだね、もうどのくらい経つかな。昔は別の国の帝都を縄張りにしていたけどいろんなところに行きたくなってふらふらと」

「どんな国に行った?」

「そうだなあ。人が戦いを繰り返すせいで国が広くなったり小さくなったり、くっついたり突然できたり滅んだりして、数えきれないくらい行ったかな」

「あら、面白そうね。そうだ、貴方ここで本を書いて頂戴。旅のお話」

「俺が?」

「いつかここの本を私は読み終わってしまうわ。今のうちから本を書いて追加して、空いてる本棚あるから。インクは作り方を教えるからちゃんと虫が食べるインクを使ってね。貴方なら明かりがなくても普通に見えるんだから、別に困らないでしょ?」

「そりゃまあね」


 男の目は暗闇の中で金色に光る。光一つない暗闇の中でも、まるで薄暗い夕暮れの時のようにはっきりと周囲を見ることができる。夜を彷徨う者ナイトウォーカーには造作もない事だ。

 直接話をするという選択肢はないらしい。彼女はあくまで読書を楽しんでいるのだ。永遠に生きながらえる彼女は、果てしなく手間で面倒な事を愛でて楽しむ。


「じゃあまずは黄金の国について書こうかな」

「面白そうね」

「何百年も戦争を繰り返してる国があるんだ。それも島国だ。他国に侵略される事なく完全な一国内で数百年、とても珍しい国だ。きっと退屈しないよ」


 END

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