街が与える発見 あるいは目的地までの道のり

まさき

街が与える発見 あるいは目的地までの道のり


「方角さえあっていれば目的地に辿り着ける」

 この言葉は、確かに正しい。人は時間を便宜上直線で表し、その不可逆な進行の終着点は死である。誰もが、死という方向に向かい、死という目的地に着く。それは死を迎える個人にっての目的地ではなく、自然の摂理によりものであるが、時に、自分の死が他人の目的地であったりするから恐ろしい。つい先日この街でも……

 

 U市に越して来たばかりの僕は、自宅から目的地までの道のりを大まかに調べてから出発する。道中で地図は開かない。そうすると、行き当たりばったりの小旅行のようで、心が踊るのだ。そうして見つけたスポットは、「目的地までの通過点」以上の意味を持ち、どんどんこの街が好きになっていく。移動手段は徒歩か自転車がうってつけ。街の新たな一面が、僕の歩幅に合わせて顔を覗かせる。

 しかしながら、僕の方向音痴は酷いもので、目的地に到着するまでに要する時間は、毎回、予定の二、三倍かかる。極力迷わないように、複雑な裏道などには手を出さず、街を東西に貫く目抜き通り—O通り—から目的地の方向へと歩みを進めるのが常だ。


 今日の目的地は、僕の住むマンションからO通りを挟んで北側にあるらしい。とりあえずO通りへ出て、勘を頼りに進み、勘を頼りに曲がる。心の中には、北に進むという意識と、新たな出会いを待ち侘びるドキドキがあった。地図上では三十分程度で着くであろうと思われたが、案の定、それを過ぎても目的地に辿り着く気配は無い。辺りは閑静な住宅街で、似たような外観の家屋が僕を迷わせる。仕方がないので、自転車を押して歩いていた高齢の男性に道を尋ねることにした。

「すみません、〇〇◯までの道を教えていただけますか?」

 すると男性は、スープに浮かんだ小蝿を見るような目を僕に向け、心なしか怯えたように聞こえる声で道を教えてくれた。僕の顔にゴミでも付いていたのだろうか?これでも衣服には気を使っているのだ。不快感を与えるとは思えない。何はともあれ、教えてもらった道を進んで行くことにした。内容を反芻しながら走ること数分。目の前に現れたのは墓地だった。

 「あれ、ここは目的地なんかじゃない。どこだ?」

 思わず声に出てしまった。僕の方向音痴は人様からの親切さえ無駄にしてしまうのか。墓地の先で道は断たれ、先のことでなんだか情けなく感じたので、道を引き返し家に帰ることにした。方角さえあっていれは目的地に辿り着けるのだから、北を見失っていたらしい。そういって振り返ると、全身に鳥肌がたった。冷たい風が音を立てて吹いたからではない。直感が、ある恐ろしい考察を弾き出したのだ。僕は男性の案内通り進んだつもりでここに来た。僕の辿ってきた道があの男性の指示通りだとしたら……

 

 僕は急いで自転車を走らせた。一刻も早くこの場を離れ、家へ帰りたかった。僕が案内されていたのは、命の行く末であるような気がした。脳裏には、この街を飲み込んだ物騒なニュースが浮かび、恐怖に漕ぎ出す足が震えた。やっとの思いで家に着くと、部屋の電灯の明るさが心を包んでくれた。荒い息を整え、今日訪れた—案内されてしまったであろう—場所を地図で確認した。そこは本来の目的地から少し離れた場所だが、地図上で男性の話した道順を追っても、墓地に辿り着いた。しばらく、この目的地は諦めるべきだろうか。

 

 …………いや、諦めてはいけない。目的は今日果たさなければ。何より、僕を目的地から遠ざけた者がいることがまずい。僕は道のりを徹底的に頭に入れ、道中に地図を開くことも厭わず、目的地を目指した。O通りを出てしまえば明かりは街灯のみで、目立つことは無かった。そして、目的の建物に入ると、驚き惑う目標を、この手で、終着点へ案内した。その時、終着点に着いても、少しの間は体温とみずみずしさが残っていることを発見した。新たな発見というものは、僕を次なる目的地へと駆り立てるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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