第10話 処理 前編
「どういう事か、お聞かせいただきたく」
仕事が完了し立ち去ろうとしていた夜重子の前に、濃紺スーツの男───山田が提灯持ちの黒頭巾と共に闇から姿を現した。
「なぁーんのハナシですかぁ?ヤマなんとかさん」
「なぜ黙っていたのです?その力の事───夜影が覚醒している事を」
山田はサングラスをずり下げ、夜重子をジロリと睨みつけた。その眉間には深い皺が刻まれている。
「だーってさぁ、言ったらまたなんか面倒臭いこと言われんでしょどーせよぉ。アタシは自由にやりてぇの」
山田の苦虫を噛み潰したような形相とは裏腹にカラカラと笑いあっけらかんと答える夜重子。
「……いつからです」
「あー?」
「いつからこんな力を持ち出したと聞いてるんです。貴方はただ影に隠れるだけの能力者のはずだったでしょう」
いつものひっそりとした厳格な雰囲気とは違い、やや語気を強めに山田は夜重子に問う。
「なーにそんなに怒ってんの」
夜重子はヘラヘラした態度はそのままに、山田に素朴な疑問を投げ返した。
山田は咳払いをひとつすると、「いえ、怒ってなどいませんよ。少し興奮したまでの事です」と先ほどまでの冷静な面持ちに戻った。
そして彼は腕時計をちらと覗いてから、周囲の提灯持ち達に合図をした。提灯持ち達は何も言わずにそそくさと斃れている菅田洋子を取り囲み始めた。
山田は再び咳払いをする。
「私の役目は貴方の目付け役ですが、同時に各地で起こるマレビトの調査もしています。誰がどんな欲望を持ち、どんなマレビトになるか。
集めた夜影の残骸は上層部の意向により調査部に回され、その特異性の調査が行われます。そして、今回の標的だった菅田洋子の夜影の能力の変化というのは、今まで稀にしか見られなかった。調査部にとっては非常に珍しい検体です。それが貴方にもあったとなると、協力者による生きた検体として特にレアなケースなのです」
「だから言いたくなかったんだよ。変な検査とかされたらめんどくせーもん」
夜重子はやれやれと嘆息した。詰まるところ、山田が言いたいのは夜重子の夜影としての力を改めて検分させろという話なのだろう。
それはゴメンだと首を横に振る夜重子。
「そうはいきません。それで?いつからなのですか、影に潜む以外のその能力を手に入れたのは」
「あぁ?これのことか?」と夜重子は自分の影から、先ほど菅田洋子の命を奪った真っ黒なナタを召喚する。
「あー、いつだったかなぁ。だいぶ昔だぜ?えーと、アタシが殺しを始めた頃…からだな」
「そ、そんな前から!?」
思わず動揺する山田。
「でも全然使ったことなかったぜ?出せるのコレだけなんだが、デカすぎて扱いにくいんだよなぁ…。ナイフや鋏で充分…口裂け女っぽいだろ」
「…それは知りませんが────」
山田は夜重子の冗談めいた口調には取り合わず、ずれたサングラスを直しながらその横を通り過ぎる。
「やはり今は止めておきましょう。貴方の無駄口が多過ぎる。とにかく、後で、きちんとした場で、色々と話を聞かせていただきますので、そのつもりで。
今先決なのは────」
そう言うと目の前で
「これの処理です。折角ですので、ご見学されますか?」
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