第3話後を追うもの
専門学校生の僕の楽しみは人間観察であった。
僕はある駅ビルの中に入っている書店でアルバイトをしている。
そこでたまにあらわれる女の人を好きになった。
小柄で紺色のスーツを着ている丸メガネの女性だった。
左目の下にほくろがあるのが印象的だった。
どうやらどこかの企業で働いているようだ。
財布の中身からちらりと社員証のようなものが見えた。
その日、その彼女は小柄なわりに大きな胸に一冊の画集を抱えてレジにならんだ。
その画集のことは僕も知っている。
イギリスのイラストレーターでゲームなんかのキャラクターデザインもしていてかなりの人気だ。
画集の価格は一万円近くしたが、この書店ではもう最後の一冊になっていた。
ほくろの彼女は大事そうに画集をレジに差し出した。
「この画集とても人気あるんですよね。他店でも売り切れているらしいですよ」
少しでも彼女に近づきたかった僕はそう話かけた。
だけどよほどその画集が気になるようでほくろの彼女はうわの空だ。
急ぎ足で書店をでていった。
僕は彼女のよく揺れるポニーテールを見送った。
僕はちらりと見えた社員証のマークから企業を調べた。
その企業は僕がアルバイトをしている書店の近くのビルに入っていた。
僕は運命を感じた。
僕とほくろの彼女は付き合う運命にあるのだと。
学校帰りに彼女が勤めているであろう企業が入っているビルの出口近くで僕は、彼女がでてくるのを待った。
小柄な彼女は一人退社し、最寄り駅へと向かう。
僕は後を追い、電車に乗った。
数駅ほど電車にゆられ、彼女は電車を降りた。
僕も降りる。
駅近くのコンビニで彼女は夕食に食べるであろうお弁当を買っていた。
夕食なら僕がつくってあげるのに。
手先が器用な僕は料理が得意なのだ。
さらに後を追うと彼女は小さな神社にたちよった。
そこで参拝すると近くのマンションに入っていった。
それから僕は一月ほど彼女の後を追った。
やはり彼女は交際している人はいない。
彼女の生活はほぼ決まっている。
朝に会社に出て、夕方まで働くとスーパーかコンビニで夕食を買い、神社に参拝して家に帰る。
きっと僕との結婚を祈っているのだろう。
小柄だかボリュームのある体をした可愛い彼女のことを待つべく、僕は彼女が働く企業の近くにあるカフェにいた。
彼女とのデートを考えているだけで時間はすぐにすぎている。
僕は画像フォルダにたまった彼女の写真を見ながら待っていると突如悲鳴が聞こえた。
気になった僕は悲鳴の所に駆け寄る。
人混みをかき分け、僕は悲鳴が鳴り響く原因の場所にたどりついた。
そこには手足をぐちゃぐちゃに曲げて、頭や背中から血を流しているあのほくろの彼女が寝転がっていた。
ああっ、これは僕が悪いのだ。
僕がきっちりと告白して彼女と正式につき合わないから、悲観した彼女は飛び下り自殺をしてまったのだ。
僕はざわざわと騒がしい人たちのことを気にせず、彼女の丸メガネに手をかけた。
僕には権利がある。
彼女の未来の夫となる予定だった僕には彼女の遺品を持ち帰る権利があるのだ。
血がつき、ひび割れた丸メガネをポケットに入れると僕はその場所を立ち去った。
ごめんよ、僕がもっとしっかりしていれば君は死ぬことはなかったのに。
愛しい彼女と悲しすぎる別れをへた僕は彼女が毎日のようにお参りをしていた神社に立ちよった。
せめてもの罪ほろぼしにほくろの彼女の冥福を祈ってあげよう。
お参りをすませた僕はまだ彼女の大事な血液がつくメガネをかけて空を見上げた。
そこで僕は不思議なものを見た。
それは赤い鱗の巨大なドラゴンだった。
あの画集にのっていそうなそれはそれは美しいドラゴンだった。
そのドラゴンは優雅に青空を舞っていた。
ある程度、空の散歩を楽しんだ赤いドラゴンは東にある森林地帯に向かって飛びさった。
私はドラゴンになりたい 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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