第2話 この世界について
荒野を歩き続ける俺たちの目の前に、それは突如として現れた。
灰色の空を切り裂くようにそびえ立つ巨大な塔。その周囲には、滑らかな金属の壁に囲まれた都市が広がっている。都市の中心に立つその塔は、異様なほど整然とした構造で、この荒廃した世界のどこにも馴染んでいない。
「……あれがエンパイアの塔か。」
俺は足を止め、塔を見上げた。その巨大さと威圧感に息を呑む。
「すごい……!あれがお城ですね!」
カイムが目を輝かせて両手を挙げた。
「こんな大きな建物、初めて見ました!」
「観光地じゃねぇぞ。」
俺は呆れながらも、カイムの無邪気な声に水を差す気も起きず、視線を再び塔に向けた。
『あれがエンパイアの象徴、中央制御塔だ。そして、この世界を支配する全ての中枢でもある。』
キングスの冷静な声が頭に響く。
「……で、俺たちはあそこに入れるのか?」
俺が尋ねると、キングスは即座に答えた。
『不可能だ。塔を守る防衛システムは完璧だ。ヤネアリ以外が近づけば即座に排除されるだろう。』
「近づけないってことは、ただ眺めるだけかよ。」
俺は苦々しい気持ちで言葉を漏らす。
『ただ見るだけではない。この塔と都市、そしてお前たちフライトシリーズやヤネナシとの関係について、クイズ形式で教えてやる。』
「クイズかよ……。」
俺は呆れた声を出すが、カイムは楽しそうに手を叩いた。
「いいですね!ネタバレ兄さんのクイズモード発動ですね!」
『その呼び方はやめろと言ったはずだ。まぁいい、始めよう』
『あの塔、中央制御塔は何のために存在していると思う?』
カイムが即座に手を挙げた。
「きれいな塔を建てたかったからです!」
「いや、それはないだろ。」
俺が即座にツッコむと、キングスが冷静に語り始めた。
『不正解だ。中央制御塔はエンパイアの統治と管理の中枢だ。塔の上層部には最高議会が存在し、世界の全ての政策が決定されている。そして下層部にはエネルギー管理施設、兵器開発施設、さらにはフライトシリーズを制御するシステムも配置されている。』
「フライトシリーズの制御……?」
俺はその言葉に引っかかり、問い返した。
『そうだ。フライトシリーズはエンパイアが統治のために作り上げた存在だ。命令は塔を通じて送信され、兵器として機能するよう設計されている。しかし、私やカイムのように自律を獲得し、制御を逃れた者もいる。』
カイムが胸を張り、笑顔を見せた。
「そうです!私は自由になって、可愛く生きるって決めたんです!」
「……自由と可愛いは関係ねぇだろ。」
俺は呆れながらも、それ以上何も言えなかった。
『次の質問だ。ヤネナシとヤネアリは、どのような関係にあると思う?』
俺は少し考え込む。荒野で暮らすヤネナシたちは、都市で暮らすヤネアリたちとは完全に異なる存在だ。しかし、何らかの繋がりがあるのは明らかだった。
「……ヤネナシは、ヤネアリのために存在してるってことか。使い捨ての労働力みたいなもんだろ。」
『正解だ。ヤネナシは、エンパイアの都市を維持するための基盤を担っている。廃棄物処理や危険な作業を行い、その代わり最低限の生存を許されている存在だ。だが、それ以上の権利や地位を与えられることはない。』
「……それじゃあ、生きてるって言えねぇな。」
俺は拳を握りしめた。荒野で苦しむヤネナシたちの姿が脳裏をよぎる。
カイムが微笑みながら口を挟んだ。
「でも、ヤネナシには自由がありますよね!ヤネアリみたいに縛られてないんですから!」
『自由という名の不安定な環境だ。食べる物も飲む物もなく、安全すら保証されない中での自由が本当に幸せだと思うか?』
カイムは少し黙り込み、視線を落とした。俺もその問いに返す言葉が見つからない。
『最後の質問だ。あの塔の最大の特徴は何だと思う?』
カイムが手を挙げた。
「目立ってて可愛いことです!」
「いや、それは違う。」
俺がため息をつくと、キングスが静かに語り始めた。
『最大の特徴は、スターダストのエネルギーを利用していることだ。』
「スターダスト……。」
俺は驚き、改めて塔を見上げた。
『そうだ。塔はスターダストの核を複数利用して動いている。それによって都市全体のエネルギー供給を支えているだけでなく、防衛システムや兵器の稼働、さらにはフライトシリーズの制御にも影響を与えている。』
「……じゃあ、あの塔を壊せばエンパイアを止められるってことか?」
『理論上はそうだ。しかし、防衛システムが非常に強固で、簡単には近づけない。そして、塔が失われれば都市も崩壊し、ヤネアリの生活基盤も崩れる。影響は計り知れない。』
俺は無言で塔を睨みつけた。この灰色の世界を変えるには、それほどの覚悟が必要なのだろう。
クイズが終わり、カイムが満面の笑みを浮かべた。
「やりました!ほとんど正解でしたよね!」
「いや、ほぼ全部外れてたけどな。」
俺が呆れると、カイムはウィンクをして笑った。
「でも楽しかったので、オッケーです!」
『知識は力だ。そして、この力をどう使うかはお前たち次第だ。』
その声に俺は黙って頷いた。再び歩き始めたところで、カイムが突然胸元を押さえた。
「ヤキさん……ちょっとムズムズします……。」
「なんだよ。今度は何が起きた?」
カイムが胸元を探ると、ボロボロに破れた服の隙間から小さな生き物を引っ張り出した。それは全身が廃油にまみれ、ほとんど動けない状態のバグだった。
「これ……生き物ですか?」
カイムは目を見開いてそれを凝視する。
「……バグだな。擬態してたのか。」
俺は顔をしかめた。
『どうやらスターダストの影響を受けた変異種だな。擬態能力で身を守っていたが、弱りすぎて動けなくなっていたのだろう。』
「かわいい……!」
カイムが感動したようにバグを抱きしめる。
「かわいくねぇよ!それ汚い虫だぞ!」
「だって、この子、一生懸命生きてるんです!」
俺は頭を抱えながら、そのやり取りを呆然と見ていた。この旅、先が思いやられる。
カイムが抱き上げた小さなバグは、全身に廃油がこびりついて動く気配がほとんどない。触覚がかすかに揺れるだけで、今にも命が尽きそうだった。
「この子、きれいにしてあげないと……。」
カイムが悲しそうな顔をして、バグの体を指先でそっと撫でる。油のせいで指が滑るたびに、より悲壮感が増していくようだった。
「いや、待て。どうやってきれいにする気だよ?この辺にまともな水なんてないぞ。」
俺はカイムの真剣な顔を見ながら冷静に突っ込んだ。
「大丈夫です!私の服を使います!」
カイムは破れた服の端をビリッと引き裂き、布切れを作り出した。
「おいおい、本気かよ……その服、もうボロボロだろ。」
「この子を助ける方が大事です!」
カイムは毅然とした声で答えると、廃油まみれのバグを布で丁寧に拭き始めた。布はすぐに黒く染まり、触るたびにギチギチと金属音が鳴る。それでもカイムは真剣そのものだ。
『カイム、その行動は非効率的だ。命を救うには、まず適切な環境を整えなければ意味がない。』
キングスが冷静に諭すように話すが、カイムは顔を上げずに言った。
「非効率でも、この子を見捨てるなんてできません!」
「お前、やる気だけは本当にすげぇな……。」
俺はため息をつきながらカイムの横に座り、ちらっとバグを見た。
その時、カイムの手の中で弱々しく光が点滅した。廃油を拭き取られたバグの胴体が、微かに輝いている。
「動いた……!」
カイムが感動した声を上げる。触覚がぴくりと揺れ、細い脚がカイムの指にしがみつくように動いた。
『そのバグ、どうやらスターダストの微弱な反応をまだ保っているようだ。完全に機能を失ってはいない。』
「この子、生きてますよ!頑張ってるんです!」
カイムが満面の笑みでバグを抱きしめた。
「……いや、油臭いし、汚いし、普通だったら捨てるだろこれ。」
俺は正直な気持ちを口にしたが、カイムは耳を貸さなかった。
「バグちゃんって名付けます!」
「お前、名前まで付けるのかよ……。」
『バグに名前を付けるのは自由だが、それを手元で飼うのはリスクがある。スターダストの影響で不安定な存在になっている可能性が高い。』
「キングス兄さん!そんなこと言わないでください!この子は私たちの仲間になります!」
カイムはキングスに反論しながら、バグちゃんを優しく撫でた。
「仲間って……俺たち、虫の面倒見る旅じゃねぇんだぞ。」
俺は諦め半分で呟いたが、バグちゃんの小さな体が少しだけ元気を取り戻しているのを見て、何も言えなくなった。
「よし!バグちゃん、一緒に頑張りましょう!」
カイムの声に応えるように、バグちゃんの触覚がかすかに揺れる。その動きが生きている証拠のようで、カイムはさらに嬉しそうに微笑んだ。
『まあ、どうするかはお前たち次第だ。ただし、くれぐれもそのバグが原因で余計なトラブルを招かないように気を付けるんだな。』
キングスの声を聞き流しつつ、俺たちは再び歩き出した。バグちゃんを大事そうに胸元にしまうカイムを横目に見ながら、俺は呟いた。
「……本当に大丈夫なのかよ、そのバグ。」
荒野の風が吹きつける中、廃油にまみれていた小さな命は、カイムの手の中で確かに生きようとしていた。その光景に、俺も少しだけ希望のようなものを感じていた。
カイムの空 縁肇 @keinn2016
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