【番外編】ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴

勝利王の書斎10・ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴(1)

 先に公開したアルファポリス版・番外編「ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴」では一般的な文体で書いたが、小説家になろう版とカクヨム版では「勝利王の書斎」風にご紹介しよう。


 タイトルの「ベリー公夫人」とは、世界でもっとも豪華な装飾写本として知られる「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の所有者ベリー公ジャンの二番目の妻だった貴婦人だ。


 本名はジャンヌ・ド・オーベルニュ、またはジャンヌ・ド・ブローニュとも。

 この物語を読んでいる読者諸氏の時代・国では無名かもしれないが、この貴婦人がいなければ、私ことシャルル七世は生まれてなかったのでは……というくらい重要な人物である。


 なお、時祷書のベリー公は、父王シャルル六世の叔父(シャルル五世の弟)だ。

 後継者の息子に先立たれたため、死後に「ベリー公」の称号と土地財産は王領に編入され、のちに私が王太子になったときに次代ベリー公に叙任されている。



 ***



 ベリー公夫人ジャンヌ・ド・オーベルニュの父オーベルニュ伯ジャンは、素行の悪い不良貴族として有名だった。

 若いころから重度のアルコール中毒でなおかつ薬物中毒者でもあり、日ごろから財産目当ての悪い友達とつるみ、城に入り浸っているありさま。

 ちなみに、二つ名は「無能な家長(le Mauvais Ménagier)」だとか。


 ジャンヌの母アリエノールは愛想をつかし、幼い一人娘とともに城を出て実家で暮らしていた。


 あるとき、オーベルニュ伯はいつものように大量に飲酒し、意識朦朧となった状態で、悪友アルマニャック伯とピエール・ド・ジアックに騙されて「土地を譲る」文書を何枚も書かされた。

 数日後、町外れの宿屋で半死半生で見つかったが、後の祭りだ。


 オーベルニュ伯の没落は自業自得だが、本来なら一人娘ジャンヌが相続する財産である。

 ジャンヌの母方叔父の尽力で、オーベルニュの詐欺事件はフランス王シャルル六世の知るところとなった。


 首謀者のアルマニャック伯とピエール・ド・ジアックの両名は、オーベルニュ伯から騙し取った土地を、ベリー公ジャンに献上していた。


 詐欺で不正に取得した土地だと、ベリー公本人が知っていたかはわからない。

 首謀者二人が勝手にやったことかもしれないし、ベリー公が事件の黒幕かもしれない。

 真相が何であろうと、ベリー公はシャルル六世の叔父だ。

 王族を裁くことも、土地を取り上げることも容易ではなかった。


 父王シャルル六世は「王族の権威を傷つけずに、被害者を救済する」ために、妻に先立たれて独身のベリー公とジャンヌ・ド・オーベルニュを結婚させて、スキャンダルの沈静化を図った。


 この結婚で、ジャンヌは王族の正妻——しかも王の義理の叔母になれるのだ。

 貴族社会の理屈としては破格の縁談かもしれない。

 しかし、このときのジャンヌはまだ11歳の少女で、相手のベリー公はなんと38歳も年上の49歳だった。

 この物語を読んでいる読者諸氏の価値観に照らすと「エグすぎる縁談」だと嫌悪するだろうな。

 だが、当時は「政略結婚」が当たり前。

 夫婦の年齢差をまったく考慮しないわけではないが、政治バランスと身分差が釣り合っていればそれで良しとされた。



***



 四年後の1393年1月28日。

 王妃イザボー・ド・バヴィエールが主催した仮装舞踏会で、「燃える人の舞踏会」と呼ばれる火災事件が起きた。


 本編の第一章で「着ぐるみ炎上事件」というややふざけたタイトルで投稿したが、実際の事件は小説よりも悲惨だった。

 火元は王弟オルレアン公が持ってきた松明で、仮装していた4人が焼死。

 あろうことか、父王シャルル六世の衣装にも火が燃え移った。


 当時15歳のベリー公夫人ジャンヌ・ド・オーベルニュも仮装舞踏会に出席していた。

 とっさにドレスの引裾トレーンで燃える王をくるんで火を消し、父王は一命を取り留めた。


 事件のショックで、シャルル六世の精神状態は急速に悪化し「狂王ル・フー」と呼ばれるようになる。

 とはいえ、ベリー公夫人の機転がなければ父王は焼け死んでいたかもしれず、この私も存在していなかった。なにせ、私こと第五王子シャルルは炎上事件の10年後、1403年生まれだからな。

 そう考えると、ベリー公夫人はなくてはならない重要人物に違いないのだ。







(※)アルファポリス版「ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴(1)」https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/595255779/episode/4417364

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