勝利王の書斎10・ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴(2)

 1416年3月15日、ベリー公ジャンが亡くなった。享年75歳。

 後妻ジャンヌ・ド・オーベルニュとの間に子は生まれず、先妻の息子にも先立たれていたため、慣例により「ベリー公」の称号と土地財産は王領に編入された。


 翌1417年4月5日、シャルル六世の末息子シャルル(のちのシャルル七世、私のことだ)が14歳で王太子となり、同時にベリー公に叙任されてパリへ連れてこられた。


 先代ベリー公の未亡人ジャンヌ・ド・オーベルニュは39歳になっていた。

 王家の親族として、新米王太子に謁見したときに、亡き実父オーベルニュ伯の詐欺事件について話題に上った。

 事件の顛末を聞いた私は、ベリー公夫人の境遇にいたく同情し、詐欺事件がなければジャンヌが相続するはずだった土地を無条件で返還した。

 ベリー公の土地財産は私のものになっていたから、これは私にしかできないことだ。


 自分が不正行為をした訳でもないのに、過去の問題にさかのぼって、「自分が相続した財産を、元の所有者に無条件で返す」ことはかなり異例らしいが、私は「ベリー公夫人が思うまま、好きにして良い」と取り計らった。

 自分で言うのも何だが、14歳の新米王太子としてはなかなかの名裁きだったのではないかと自負している。


 王太子の厚意で、ベリー公夫人は事件から28年ぶりにオーベルニュ伯の所領を取り戻した。

 土地の一部を売却すると、お気に入りの城を「終の住処」にして余生を過ごそうと考えていたようだ。


 ところが、秩序なき時代は円満解決を許さなかった。


 一年後の1418年、王妃とブルゴーニュ公のクーデターで王太子一行はパリから離脱。

 入れ替わりでブルゴーニュ公がパリの宮廷に復帰すると、私の仕事をすべて白紙に戻し、ベリー公夫人の領地も奪われそうになった。男性の後ろ盾がない「未亡人」は立場が弱かったのだ。

 ベリー公夫人は、ブルゴーニュ派に与する金貸し貴族ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユと政略結婚して生き残りを図った。さらに翌年、ブルゴーニュ公がモントロー橋で暗殺されると、夫妻はアルマニャック派(王太子派)に乗り換えて、王太子の宮廷に潜り込んだ。


 土地をすんなり譲った件で、ベリー公夫人の心情(損得勘定的にも)は王太子寄りだっただろう。また、野心家のラ・トレモイユはこの結婚で王太子に接近する伝手を得られる。

 少なくとも、「王太子はお人好しでブルゴーニュ公よりも扱いやすいタイプ」と考えたはずだ。


 1424年、ベリー公夫人ジャンヌ・ド・オーベルニュは46歳で死去。

 その後、ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユは、宮廷でヨランド・ダラゴンやリッシュモンと派閥抗争を繰り広げ、若きフランス王シャルル七世に影響力を及ぼすのだが——ここから先の話は、7番目のシャルル青年期編で書いていければと思う。



***



 ベリー公夫人は、歴史の表舞台には出てこないだろう。

 だが、前編「ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴(1)」で述べたように、この貴婦人がいなければ私は生まれてこなかっただろうし、ラ・トレモイユが歴史の表舞台に立つこともなかっただろう。

 ラ・トレモイユのゴリ押しで元帥まで成り上がったジル・ド・レも同じだ。


 ベリー公夫人の数奇な人生が、幸か不幸かはわからないが。

 この貴婦人の存在が、英仏百年戦争の後期に大きな影響を与えたことは間違いないと私は考えている。


 余談になるが、ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユとピエール・ド・ジアック、番外編「没落王太子とマリー・ダンジューの結婚」で名前だけ出たジャック・クールたちは、シャルル七世時代の初期——ちかぢか再開する青年期編から登場する。

 忘れてしまっても支障ないが、覚えていると物語に深みが増すかもしれない。


 ちなみに、全員悪いやつだ!

 私も大概、人のことは言えないがな。







(※)重複投稿しているアルファポリスでは、挿絵「ハンス・ホルバインによる『ジャンヌ・ド・オーベルニュ女伯』の彫像の素描」をアップロードしました。

https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/595255779/episode/4508784

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