第三章〈アジャンクールの戦い〉編

勝利王の書斎03「眠っている猫を起こしてはならない」

 第二章が終わり、第三章が始まる直前である。

 は、歴史小説の幕間にひらかれる。


 タイトルに「Il ne faut pas réveiller le chat qui dort」と入力したら、長すぎると訂正を求められた。面倒だが仕方がない。この世界で、ルールロワをも超越する。


 法の本質とは自然の摂理であり、自然の摂理に君臨するのが神である。

 神の前では、人の世に君臨する王など無力も同然。


 さて、今回のサブタイトルは次のとおりだ。


 "Il ne faut pas réveiller le chat qui dort."


 フランスの慣用句で「眠っている猫を起こしてはならない」という意味だ。


・過去を蒸し返してはならない。

・避けられるトラブルを好き好んで求めてはならない。

・眠っている悪意を、刺激してはならない。

・隠されている凶器を、以下同文。


 この世の真理と戒めをあらわす警句である。


 私は猫ではないので、言い換えるなら「Il ne faut pas réveiller le roi qui dort.」

 すなわち、「眠っている王を起こしてはならない」だろうか。



 ***



 私が死んだのは、1461年7月22日。

 時が流れて、再び私の意識が吹き返したのは2015年初夏のことだった。

 念のため言っておくが、王家の霊廟サン・ドニ大聖堂にある遺体が息を吹き返したのではない。意識のみが目覚めてしまった。


 眠っている私を起こしたのは、誰だ?


 これではまるで、ジャンヌ・ダルクだけが感知していた「ミシェルの声」みたいではないか。

 訳が分からないが、ミシェルの声も、私の声も「実体がないのに存在している」という意味で、似たような性質かもしれない。


 これは神の奇跡か。

 それとも、悪魔の所業か。


 私ごときに神意などわかるはずもない。

 私の目覚めが「悪魔の所業」だとしたら由々しき問題だ。

 ジャンヌの奇跡は祝福だったのか、それとも呪いだったのか、本当は誰の声だったのか……と、かつては何度も考えた。


 いま、「声」になった私はとても混乱している。


 私の声を聞いている者よ、私は目覚めて良かったのか?

 私の声は、貴方に不幸をもたらさないだろうか。


 できれば、呪いよりも祝福をもたらす「声」でありたいと思う。


 さて、時間が来たようだ。

 これより第三章〈アジャンクールの戦い〉編を始める。


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