第4話:帰り道、特別な日
その後、先輩のお母さまがケーキを持って到着した頃には、幸一郎君はすっかり調子を取り戻していた。完成した先輩の豪華な食事とケーキを囲み、それはそれは賑やかで楽しい誕生日会となった。
用意されたプレゼントにいちいち感激して声を上げる幸一郎君はとても可愛らしかったし、テンションが上がっているためか時々砕けた口調で甘えてきてくれたのがとても嬉しかった。
『恵茉お姉ちゃん帰らないで、ずっといて!』
なんて、最後に腕を引かれた時には鼻血が出るかと思った。思いっ切りハグして別れてきたけど、叶うことなら次はお泊りしていきたいぐらいだ。
「ごめん恵茉、弟がしつこくって」
「いいえ全然、むしろご褒美なんで!」
夜、駅までの道を先輩と歩く。見送りは別に大丈夫だと言ったのだが、先輩の方が頑なだったのでお願いした。
しばらくの間、何か言いたそうにチラチラとこっちを覗いてきていた先輩が、一つ呼吸をした後意を決したように口を開いた。
「今日、恵茉が来てくれて良かった」
「な、何ですか急に」
「いや……」
空を見上げ、先輩が呟く。
「本当に、カブトムシは空から見ているのかな」
「ああ、その話」
私も空を見上げ、自嘲気味に笑みを浮かべる。
「適当ですから、あんなの。ただ、幸一郎君に元気になってほしくて言った嘘ですよ」
「そう。それが恵茉の凄いところ」
「どこがですか」
おかしくなって、笑みをそのままに先輩を見る。だけどこちらを向く先輩は、見たことも無いような優しい顔を浮かべていて、私は息をのんだ。
「私は、そういうことできないから。思ったことしか言えないから。だから恵茉がいてくれて、本当に良かった」
「それ、わざとやってます?」
「……何が?」
コテンと首をかしげる先輩。なんてあざとい生き物だ。
姉弟そろってずるい。
熱くなった顔色を誤魔化すため、わざと街灯の灯りを避けながら歩いた。先輩の前に立って、背中越しに私も本心をぶつけてやる。
「先輩だって、幸一郎君のために頑張って努力して、本当凄いお姉ちゃんじゃないですか」
「そんなことないよ。私は全然ダメ」
「あーもう!」
後ろから追い付いてきた先輩の手を、振り向きざまにギュッと握る。しっとりとした感触が、私自身の乾燥肌のせいでよりはっきりと伝わってくる。自分からやっておいて、これは失敗だったかもしれない。顔がさっき以上にもう、熱くてしょうがない。
「そんなこと言ってたら、私が幸一郎君貰っちゃいますから」
「それは困る。……だったらさ」
先輩がにこりと笑った。私の手を握り返してきて、顔が近い。
不覚にも街灯の下、目が合ってしまって逃げられない。
「恵茉も、幸一郎のお姉ちゃんになるって言うのはどう?」
「せ、先輩は、ほんとに……」
今日は特別な日だ。
カブトムシとお別れした日。幸一郎君が生まれた日。
来年からはきっと、私にとって、それ以上に特別な意味を持つ日となることだろう。
生まれた日、お別れする日、特別な日。 貴志 @isikawa334
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