水空遊歩

ヒコサカ マヒト

水空遊歩

 透き通る薄蒼の中、降る花は紅く、そんな中に佇んでいた。

 清水に真鯉、晴天に烏、水中とも空中ともつかない薄蒼の中に黒い服は暗く浮く。

 花は牡丹だろうか、ゆったりとした紅い花弁が金魚の尾鰭のようでうっとりと眺めていれば、ほつり、ほつりと降る花はくるりと翻って金魚へと姿を変え、いずこへかひらりと泳ぎ去ってしまった。見遣れば、上から降る牡丹が金魚と成って泳ぎ去り、金魚が下へ降りる素振りをすればまた牡丹へと変わる。花が降り金魚が泳ぐ様を眺め、追おうとしたのではないが一歩を踏み出せば、とーん、とも、ぽーん、ともつかない洋琴のような音と共に足跡の代わりに波紋が広がった。地面はないのに足が着き、聞いたことがあるのかないのかわからない音が鳴り、水中にしろ空中にしろ浮かばないはずの波紋が浮く、それが楽しくなって跳ぶように歩く。垂れた袖も広がる裾も水中にいるようにゆっくりと浮き沈みするのに、身体は空を飛べそうなほどに軽かった。触れそうになる花も金魚も、波が寄せては返すように動いては逃げていく。手を伸ばせば触れられたかもしれないけれど、そうはせず。

 ほつり、ほつりと花が降り、くるり、ひらりと金魚の泳ぐ、ゆらり、ゆらりと紅が薄蒼に揺蕩う景色の中を。

 ただ鯉か烏のように歩いていた。

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水空遊歩 ヒコサカ マヒト @domingo-d1212

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