エタった物語に打ち切りを

貫咲 賢希

 気づいた時には時が止まっていた。


 つい先ほどまで、仲良く話していた友人たちが冗談のように動かない。


 周りを見渡しても、皆が行動の途中で静止しており、窓を見れば風に飛ばされた落ち葉が空中で張り付いたように動かない。


 動いているのは、ただ自分だけ、そう思っていた。




 ブン! と背中を刃が霞める。




「ひっ!」




 少年、藤田太一は悲鳴を上げて逃走していた。


 彼はごく普通の人間だった。平均より少し下。顔も中の下。人に誇れるのは最近交友関係が広くなったことくらいである。


 この止まった世界に気づいたとき、太一は誰か同じように動いている人間がいないかと彷徨っていた。


 そこで、ようやく動いている人影を見つけていた途端、それは襲いかかってきた。


 黒い外套を纏う青年。太一よりも少し上、成人仕立てで顔立ちは悪くない。スーツを着用してホストをやれば稼げそうだが、生憎と彼の格好は漫画にでも出るようなファンタジー色が濃い姿だ。


 何より、先程からぶん回している、大きな鎌が物騒だ。


 長さにして三メートル。自分の身長を容易く越した大物を軽々しくと振り回し、太一を襲っていた。




 一閃。紙一重で避けた太一の代わりに、電柱が切断され、黒い外套の青年は舌打をする。




「さっきから上手いこと避けやがって。トラブル回避とは主人公補正は健在てかぁ!?」




 悪態を吐いているが、太一は彼の言っている意味が分からなかった。


 太一は自分以外止まった街中を走る。黒い外套の青年は物を破壊しても、止まった人々を一切傷つけることはしなかった。それが優しい配慮ならば逆手にとって人を盾にすることも外道なら考えつく。


 だが、生憎と太一は善良な人間のため、そんな思考は思い浮かばず、ただ逃げるのみ。


 気がつけば、太一は路地裏まで追い詰められていた。




「いったい何なんだよ、お前!?」




 逃げることができなくなり、壁に背を向けて叫ぶ。




「お前がみんなを、こんな風に止めているのか!?」




 別に探りを入れたかったわけでない。絶対絶命の危機に対し、異常事態の不満をぶつけただけだ。


 すると、黒い外套の青年は何を思ったのか、振りかざしそうとしていた鎌を途中で止めて肩に担ぐ。




「止まった理由。それはお前だろ?」


「はぁ!?」




 見覚えのないことを言われて、太一は硬直した。


 そして、すぐ血がかっとなる。




「そんなわけないだろ! 俺はお前なんかと違って奇想天外な人間じゃあねぇ! それとも何か、漫画のように突然力が暴走して、それを止めにお前が殺しに来たとこ言うんじゃないだろうな!」


「はぁん、想像力豊かだな。突然力を目覚めた? 何、チート願望を持った餓鬼なわけかよ」


「お前が俺のせいで止まったと言ったからだろ!?」


「あぁ、言った。確かに言った。まぁ、そうだな。漫画、即ち創作みたいだって話ならあながち間違っちゃあいねぇ」


「な、なんだって?」




 戸惑う太一が愉快なのか、黒い外套の青年は獰猛な笑みを浮かべた。




「藤田太一。三藤根高校二年三組所属。高校デビュ―に失敗してボッチ街道まっしぐらだったが、去年の冬から学園のマドンナ、千里梓の秘密を知ることがきっかけで不特定多数の女共と関係を持ち始めた」


「なんで俺のことを。それに変な言い方するな! みんな単なる友達だ!」


「単なる友達だぁね。お前は本当にテンプレ鈍感糞野郎だなぁ。気のない雄に飯作ったり、裸で迫ったりする雌は単なる阿婆擦れだぁ。そんな関係を一つの集団で順繰り繰り返してる時点でテメェラは頭沸いたハーレム軍団なんだよ」


「な───、なんでお前にそんなことを言われなきゃならないんだ!」




 太一は絶句をして、そのまま不満だけをぶつける。


 否定をしなかったのは図星だからだ。数少ない同性の友人や妹に、自分たちの関係がじれったいと呆れられることは多い。




「それは愚痴の一つや二つは出るだろうが。異世界チートなら、中身なくても蟻んこ一匹ぐらい歯ごたえがあるが、てめぇらのような日常系ラブコメなんざ不味くてしかたない」


「さっきから、何言って」


「おいおい、こっちが親切に教えてるのにそんな態度はどうだと思うぜ、主人公よぉ」


「主人公?」




 それは単なる例えではなく、本当にそう思っているような声だった。


 黒い外套の青年は、混乱する太一に真実をつける。




「『ぼっちな俺がBL好きな女の子たちと知り合ったら、いつの間にかハーレムになった』ていう、木っ端な物語の主人公、それがお前だよ」


「な、なにを言ってるんだ」


「お前は神様に選ばれた物語の主人公なのさ」


「そんな話、信じるわけないだろ!」


「信じないかどうかは、俺は関係ないぜ。気まぐれで、てめぇの戸惑う反応を俺様が楽しむため説明してるだけだからなぁ」




 何処までも自分本位な言葉を吐きながら、黒い外套の青年は次々と語る。




「てめぇ、自分がゴミカスだと思ってるくせによ。上手い具合に女を次から次へと知り合うなんて都合は良いとは思わなかったのかよぉ?」


「そんなことは…………」




 言い淀むのは青年の言葉は思い当たる節があるからだ。


 太一は自分が置かれた状況が特殊なのは気づいていた。




「てめぇは神様が自分の物語作るために選ばれた主人公。てめぇが都合良く女共とイチャコラできたのは全部神様のおかげってわけさ。『運命』と思っていい」


「仮に、お前の言葉が本当だとして、なんでそれでこの世界が止まるんだ。何でお前は俺を襲うんだ?」


「それはてめぇ、神様が物語を終わる前に途中で投げ出したからだよ」


「なんだよ、それ」




 混乱する太一にお構いなく、黒い外套の青年は語る。




「別によくある話だぜ。物語とは終われば、そこでの登場人物たちは作者神様から解放され、シナリオ運命は自分たちの手で委ねられる。


 けど、物語が完結しなければ、そこで世界物語は止まるんだよ。今みてぇになぁ」


「なんで、途中で投げ出すんだよ………」


「そんなもん飽きたからに決まってんだろ。理由は様々じゃね。単に他に楽しいものに夢中か、全然読者が増えないから続けるのに折れちまった。まぁ、色々だ」


「そんな、ことって…………」


「世界のことを考える神様なら、途中で無理やり完結させるけどな。突然終止符をつけたり、時間を加速させて結末を書いたな。


 だが、それをしない作者神様のほうが圧倒的に多い。そうした物語はエタる永遠。


 そうすると、その世界の住人たちは永遠に解放されない。


 それは可哀そうだよなぁ? でも、そいつらの解放する手段が一つだけあるんだ」


「それは……神様がもう一度書くとか?」


「稀にあるが、もっと簡単な方法だ。物語を消すんだ。PCなら、削除のボタン一つでできるが、実際は世界を物語にさせるための特異点、主人公を消すこと。つまり、お前だよ」


「───」


「つうまりぃ! 俺の目的はお前お始末すること。俺の仕事はてめぇみたいなエタった永遠の物語の主人公をぶっ殺して、世界を解放することだ。考えると、この俺様は世界を救う救世主って話しだなぁ! あははは。まぁ正直、やることはゴミ収取なんだがよ!」




 狂ったように笑う青年の話を聞いて、太一は絶望した。


 自分は主人公になった自覚もない。けど、いつも間にか神様に仕立て上げられ、更には飽きたから捨てられた。そして、こんな奴に殺される羽目になる。




「そんの、理不尽じゃんか」


「おいおい、大事なことで誤字みたいな言葉吐くじゃあねぇよ。そんなの、だろうが。あと理不尽だと思うのはてめぇの都合だ。俺は俺の仕事をやらしてもらうぜ。愚痴も吐いたしな」




 満足したな顔で青年は鎌を構える。


 最早、逃げ場のない太一にはどうしようもなかった。




 それでも、彼の生存本能が心の叫びを上げる。




「いやだ! 本当にこの世界が神様によって作られた物語でも、俺が死ねばこの世界が解放されることになっても、俺は生きたい!」


「なぁに、勝手にぺらついてんだ。大人しく死んどけやボケ」


「いや、だって言っている! 俺は生きるんだ。神様が筆を折って世界物語が止まったのなら、俺が続きを書いてやる!」


「ほぉう。マジでできんの? その気概は本物か?」




 太一の言葉に興味を持ったのか、青年は鎌の動きを止めた。




「やってみなきゃあ、わからない」


「おうおう、主人公様らしい吠えぷりだ。いいぜ、余興に付きやってやるよ」


「なんだって?」


「今から、数十分だけ俺の力でこの世界の動かす。だが、あくまで数十分、俺は作者神様じゃないからな。それだけの時間で物語の結末を迎えろ。そうしたら、この物語は終止符を迎える。世界が止まることなく、自分たちだけが物語運命を決める世界になる」


「ほんとう、なのか?」


「嘘を言っても仕方ないだろ。できなかったら、お前を消すだけだしな。ほら、三下主人公、お前の結末を出せ」




 そうやって青年が指を鳴らした瞬間、世界が動き出した。


 空の雲が動き、あれだけ静かだった世界に人の声が響いてきた。


 太一はいつの間にか、姿を消した青年に気づく。




 もしかして、今までのは全て夢なのか?




 けど、もしも本当なら。何もしなくて最悪の事態を招く。


 太一は走り出す。場所は、学校だ。




「みんな、聞いてくれ!」




 突然そうやって自分の教室に入ると、驚いたようにクラスメートたちがいた。


 太一がいつも一緒にいるメンバーも揃って彼の奇行に驚いている。


 唯一同性の親友、女好きの三枚目、曽根崎慎太郎。


 学園のマドンナであり(周囲にBL好き隠して、さらに太一を惚れている)千里梓。


 陸上部のエースで太一の幼馴染。(周囲にBLショタ系好き隠して、太一を昔から好きな)活発な居乳美少女、汰宮ヒカリ。


 大和撫子で(周囲にリョナ系BL好き隠して、太一に恋心を持つ)一つ学年が上の先輩、市道薫。


 生真面目な風紀委員で(周囲にBL&百合好き隠して、でも太一が気になる)冷空月ノ。


 帰国子女の金髪美少女ハーフで(周囲にBLに公言しつつ、太一を婿扱いにする)金持ちの令嬢、レンテル・ジュドナイトジャーグリン。


 あとは妹と後輩とオネェと着ぐるみと犬と宇宙生命体。彼らは皆、太一と昼食をとるためここに集まってきたメンツだ。


 彼女たちの好意にずっと気づいてないフリをしてきた太一だが、極限状態に追い込まれたことにより、彼女たちの本気を自覚する。


 そして、自分の気持ちも。




「ごめん、みんな。いきなりだけど、俺。自分の気持ちに気づいたんだ。誰が好きなのかって。俺はそれを今言いたい」




 突然の告白宣言。クラスは一気にざわつき、太一と絡む少女たちに視線を向ける。


 少女たちは皆戸惑い、不安になりつつも、自分であって欲しいと願った。彼女たちの横では、やっと覚悟を決めた親友に敬意を表している男友達。




「本当は、ずっと気づいていた。でも、言うのが怖くて。だけど、決めたんだ。


 いきなりで、ごめん。でも、俺は好きなんだ!


























 慎太郎、好きだぁああああああああああ! お前がほしい!」




 彼は男、同性の親友に告白した。








 ○






「え? そいつ? あんだけメインヒロインとフラグ立ててたの、なんだったんだよ」




 学校の窓を遠くから眺めていた黒い外套の青年は真顔で驚いた。




「だが、まぁ、周りの女共がBL好きなら、その趣味に染まるのはしかたねぇか」




 騒然としている教室から背を向けて、青年はこの世界からいなくなった。


 同時に太一が青年に関する記憶もなくなる。これからの人生は誰に見られることなく、干渉されない。彼だけの人生だ。


 あのまま、ヒロインたちに呆れられるか、ヒロインたちが彼を振り向かせようと更に躍起になるかなど、もう分からないことである。






 黒い外套の青年。青年の役目はエタった物語を終わらせること。


 どうしようもない相手なら容赦なく切り捨てるが、少しでも会話できる相手なら発破をかけて物語を無理矢理終わらせようと誘導する。


 所謂、打ち切りENDというやつだ。




「さてと、次のエタった物語は、異世界系ね。戦闘途中で5年も放置って、あぁ、介入して皆殺し。それか数年後ENDかぁ」




 面倒そうにしながら、意外とお人よしな彼は世界を渡る。


 次は、君が知るあの世界を打ち切りにするかもしれない。

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