16-2

 できる限り遠く、聖女の魔除けの権能が広場に届かないところまで行くようにと命令されていたタブシルの部下たちは、全速力で馬を飛ばし、エンネストから北方へしばらく行った森の中に身を隠した。


 しかし、そこに緊急事態の知らせが届く。


「おい、広場に現れたのは本物の聖女らしいぞ。どうなってやがる」


首都に残っている仲間からの連絡に、男たちは騒然となった。


「てことは、こいつのほうが影武者か!?」


「やっとお気付きになりましたか。この分では、貴方がたの主も大したことはなさそうですね」


ヘプタ語の会話にエンネア語で混ざった偽聖女に男は一瞬固まったが、意味を理解すると激昂した。


「貴様ァ! ぶっ殺」


全てを言い終わる前に、男のこめかみに深々と矢が突き刺さっていた。


「グアァ!?」


「ギャアア!!」


「なんだ!? 何が起きてる!?」


次々と血を吹いて倒れていく仲間に、主犯格の男は言い知れぬ恐怖を覚えていた。


「オルキス様。全員殺してはいけませんよ」


「わかってるってえ」


リーレイの背後から襲いかかった男の、ナイフを振りかざした腕を木の幹に縫い止めながら、迷彩服の小柄な男がリーレイの側に降り立った。


「てっきり、オルキス様はお嬢様の側に付いているものだとばかり」


「僕もそうしたいのは山々なんだけど。お嬢様直々の命令とあっては、従わざるをえない」


どこにでもいそうな若者。本日のオルキスの変装テーマだった。


「それはそれは。遠路はるばるご足労痛み入ります」


自分たちよりも遥かに多い数の覆面戦闘員に囲まれ――その全員がアインビルドの者であることを彼らが知ることはないのだが――タブシルの部下たちは、あっさりと降参した。


*****


 「くそ! くそ、くそ!」


杖を折られ、拘束されたタブシルは叫んだ。


「離せ! 俺は神だぞ! こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」


「ご自身で解かれては? 人間の拘束ごとき、神ならば簡単に抜け出せるでしょう」


「ぐっ……」


「今日は一段と煽るねえ、聖女様」


治癒の魔法で回復し、一般兵に交ざって瓦礫の撤去と事態の収拾を手伝っている騎士隊の一人が、いつにも増してキレッキレのアーユイを見て短く口笛を吹いた。


「口も塞いじゃえばいいのに」


「そうですよ。杖は折っても、詠唱されたら魔法が発動するんじゃ?」


喚き散らす姿を遠目からうるさそうに見ながら、隊員はぼやいた。すると、ロウエンが笑う。


「大丈夫。あんな狭い結界の中で魔法を使っても、自分が痛いだけだよ」


近くで見れば、タブシルの周りに透明な結界が張られていることがわかる。アーユイを攻撃したところで、壁に当たって跳ね返ってくるだけだ。


「聖女様なりに怒ってるんじゃないかな。ピュクシス様を侮辱したんだし、エンネア王家に明確に敵意を見せたわけだからね」


プライドの高い相手をわざわざ生かして晒すのは、惨めな気持ちと自分の無力さを味わわせるという一種の拷問だ。


「なるほど。……ところでロウエン様、今のうちに聖女様とお話をしておかなくていいんですか? またしばらく会えなくなりますよ、これは」


タブシルがどういう意図で式典を邪魔したのかは不明だが、彼の行動はヘプタからの明確な宣戦布告となる。


「うっ」


聖女の休暇に護衛として付いて行ったという一週間の後、「聖女様に会いたい」が口癖になりそうだった王子を見かねて、隊員はロウエンの手から瓦礫を奪い取った。


「ほら、行ってください」


背中を押され、ロウエンは意を決してアーユイに歩み寄った。


「聖女様……」


「王子。お疲れ様です」


「聖女様こそ、おつかれ」


とは言っても、アーユイは特に疲れていなさそうな、堂々とした立ち姿だった。会話が終了してしまい、話題を探して、ふと思い出す。


「どうしてさっきは、聖女様の魔除けが効かなかったんですか」


するとアーユイは、しれっと答えた。


「効かなかったんじゃありません。わざと効果を切ってたんです。ピュクシス様に、切り方を習ったから」


先日呼ばれた白い部屋で、魔物が近寄ってこないのはありがたいが、たまには魔物相手の訓練もしておきたい、切ることはできないかと訊いていたのだった。


 どこまで読んでいたのだろうか、予知も聖女の権能なのだろうかと呆れるロウエン。


 それから、もう一つ気になっていたことを訊ねた。


「侍女さんは無事?」


「もちろん。先ほどオルキスから連絡がありました。怪我もなく、いつも通りだそうですよ。リーレイを攫った賊は適当に数人生かして捕縛し、現在こちらに護送中とのことです」


「そうか、オルキス先生が助けに行ってくれたんだね。それなら安心だ」


オルキスは、弓兵はかっこいいぞ大作戦の後、定期的に各部隊を回り弓を教えに行っていた。以来、彼らは紅弓のことをグレイス男爵ではなくオルキス先生と呼んでいる。本人が呼ばせているのかもしれない。


「……えーと」


またしても会話が途切れてしまった。式典がこんな形で終わるとは思っておらず、ロウエンは心の準備ができていなかった。しかし、早く返事を聞いて楽になりたくもある。


 すると、アーユイの方から口を開いた。


「……もう少しだけ待って頂けますか。まだ、この戦は終わっていません」


「え?」

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