15-4

 パレード車は、とうとう式典会場の広場に到着した。


 アーユイは、お淑やかに馬車から降りる。三階の窓から飛び降りることなんて、考えたこともないような優雅さだった。


「聖女様。お手を」


「ありがとうございます」


エスコートはロウエンだった。もちろん、オリバーや他の隊員たちが気を利かせたのだ。


 盛大な歓声と拍手を受けながら、アーユイは華やかに飾り付けられたステージへと、階段を上る。




 打ち合わせでは、舞台の中心に作られた席でエンネア国王からの紹介の後に少しだけ演説をして、行きとは違うルートで城へ戻る予定だった。


「――聖女により興された我がエンネアから、再び聖女が誕生したことを誇りに思い、国として、王として、今後も支えていくことをここに宣言する!」


今日一番の拍手喝采が広場を包む。さすが演説慣れしている国王は盛り上げ上手だ、とアーユイは少しだけげんなりしていた。この後に話さねばならないのは、少し気が重い。


「聖女様、頑張って」


「ありがとう」


おそらく同じ気持ちを味わったことがあるのだろう。ロウエンからの小さな声援を受け、アーユイは一段高くなった壇上へ上がった。その時だった。


「その聖女は偽物だ!」


不意に叫ぶ者がいた。広場を警備する兵によって即座に取り押さえられるが、観衆の中にざわめきが広がる。


「来たな」


アーユイは小さく呟いた。


「ピュクシス神など存在しない。我々が信じるべき神は他にいる!」


連行される男は、尚も叫ぶ。


「そうだ! 皆騙されているんだ!」


今度は別の場所から声が上がった。やがてその声はひとつ、ふたつと増えて行き、兵士たちが対応できないほどの量になっていく。


 そして。


「神よ、偽物の聖女に今こそ裁きを下してください!」


演劇の一部かのような大仰な仕草で、声のよく通る仕掛け人の一人が叫んだ。


「……随分と凝った演出だな。派手好きか」


「言ってる場合じゃないでしょ」


ロウエンを含む騎士隊の背に一旦隠されたアーユイがぼそりと呟き、緊張感のなさにロウエンが呆れた。


『良かろう!』


広場中に、男の声が響き渡った。


「広範囲の伝達魔法……。ヘプタは魔術師が多いんだったな」


痩せた大地で生き抜く術として、魔法や魔道具が発達したという。耳を塞いでも聞こえる声は、魔法に疎い民衆を更に混乱に陥れた。


 そして、


『我こそは現世に降り立ちし神なり! 聖女を騙り民を搾取する卑しき女とエンネア王家に、今こそ裁きを!』


ゴッ、と黒い風が吹き荒れ、ステージを巻き込んで吹き飛ばした。


「テリトワ様!」


「はぁい」


アーユイの声に、ふくよかな女神が返事をする。降り注ぐ瓦礫が地面から突然生えた樹木と岩によって全て受け止められ、兵士にも民衆にも被害はなかった。アーユイ自身も結界を張り、国王と騎士隊を守る。


「ありがとうございます。……植物神は、テリトワ様の部下でしたか」


姿の見えない土神に、ひとまず礼を言う。


「ええ、お手伝いしてもらいました」


樹木が根を下ろせるようにテリトワが石畳をほぐし、植物神がそこに樹を生やした。一瞬の出来事に、人々は怖がることを忘れてぽかんと口を開けている。


「フン、さすが聖女の名を騙るだけあって、妙な術を使う」


砂埃の中から、人影が姿を現した。目元を隠す仮面を被り、金糸で豪奢な刺繍のされた赤いマントを羽織った黒い礼服の男と、フードを目深に被り仮面をつけた魔術師の集団。


「叔父上、あれは、ヘプタの王子では?」


「ああ、あの鼻筋と口元、見覚えがある」


オルキスによる変装講座が効いている。ボスと思しき礼服の男は、体格や肌つやから見るに、多くとも三十には届いていない青年だった。


「確か名前は……、タブシル」


一瞬で正体を見抜かれているが良いのだろうかと、アーユイはヘプタ王太子タブシルの杜撰な変装に呆れた。


「彼の目的はわかりました」


ここで聖女を倒して、ヘプタ王家が現人神であるという印象を確固たるものとし、勢力を一気にエンネアに広げようという魂胆のようだ。


「浅はかだな」


聖女に気に入られようと贈り物や美辞麗句を並べ立てる各地の美男子のほうが、まだマシだ。


「我は知っているぞ。貴様は聖女の影武者だ」


流した噂は効いているようだ。後で誰が裏切り者か、すぐに特定されることだろう。


「偽物かどうか、試してみますか?」


「随分と自信があるようだな」


「ええ。少なくとも、貴方をここで打ち負かせる程度には」


すると、男はにやりと笑った。


「これを見てもまだ、そんなことが言えるか?」


パチンと指を鳴らす。途端に、空中に黒い裂け目が入り、おぞましい声と共に異形の怪物たちがずるりと這い出してきた。


「魔物!?」


即座に騎士隊が構える。突然出現した魔物の群れに広場は悲鳴に包まれ、民衆は慌てて逃げだそうとして通りや路地へ殺到した。しかし、そこへ立ちはだかるように別の魔物が現れる。


「首都結界はどうなってる!」


「結界よりもこやつらの恨みのほうが強かっただけのことだ」


鼻を鳴らすタブシル。それを聞いて、アーユイの目が細くなった。


「……彼らは、元人間ということですか」


「そんな!?」


呪いを世間に蔓延させていたのは、単に各国の支配階級に打撃を与えるだけが目的ではなかった。より強い恨みを持つ者を探し、わざと誰かを呪わせた上で解呪して、首都結界が効かないほどの強い魔物を人為的に作っていたのだ。あと少し遅かったら、ヴィンスの側室も、アールで出会った妾腹の姫も、この企てに加担させられていたかもしれない。


「それでも、聖女様がいれば魔物は首都に近寄れないはずじゃあ」


今までアーユイの側にいる限り、魔物の存在は一切気にしたことがなかった。しばらくその存在も忘れていたほどだ。


「それが、貴様が聖女などではないという証拠だ!」


勝ち誇ったように胸を張り、高く笑うタブシル。だが、


「貴方こそ、魔物を使役するだなんて、神というよりまるで悪い魔法使いのようですよ」


アーユイは落ち着き払っていた。


「神が自ら生み出したものをどう使役しようと勝手だろう! 魔物ども、偽物の聖女を喰ってしまえ!」


一向に怯まない聖女に業を煮やし、タブシルは叫んだ。腹の内側から抉られるような不愉快な雄叫びを上げ、黒い獣がアーユイたちに襲いかかった。

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