15-3

 足音が遠ざかった待機室で、眠らされたふりをしていた侍女――、リーレイと入れ替わったアーユイは、むくりと起き上がった。


「私だ。隠密や睡眠の魔法を使う魔術師が混ざった集団が、聖女を攫いに来た。顔に仮面を被った、肌の色もわからない暑苦しい奴らだ。私の代わりにリーレイが連れて行かれた。恐らく姿を隠して堂々と城を出るだろうから、追跡してくれ」


有事に備えて亜空間に入れてあった替えの白装束に着替えながら、速やかにキールに伝達する。


『承知いたしました』


それから、


「起きてください」


パンパンと手を叩いて、廊下に倒れている兵士たちの魔法を雑に解いた。騒がず平然としているよう言いつけ、怪我をしている者は治す。


「し、しかし、侍女さんが連れ去られたんですよね? 大丈夫なのですか?」


不意打ちの魔術に不覚を取った騎士隊の隊員が、凹みながらも心配していた。だが、アーユイは落ち着いていた。


「大丈夫です。『聖女が実家から一人だけ呼び寄せた、毒を見破り騎士隊の副隊長に勝利した侍女』ですよ?」


「でも、それは……」


聖女様ご本人がやったことでは、と言いかけ、廊下には他の部隊の兵もいることを思い出して口を噤んだ。


「さて……。聖女を式典会場から遠ざけて、敵は何をしようとしているのかな」


にやりと笑うアーユイは、何かを面白がっているようだった。


*****


 何事もなかったように、パレードは始まった。聖女を乗せた屋根のない馬車は、ゆっくりと進む。観衆に手を振りながら、アーユイは周囲を観察していた。


「隊長。三ブロック目の最前列にいた茶髪を三つ編みにした若者、私を見て困惑しているようでした。茶色のベストを着た、そばかすのある男です」


『すぐに手配する。……あぶり出しとは恐れ入った』


伝達越しに、フンと鼻を鳴らすオリバー。


「私がいることに対して、驚いたり不審な態度を取っている関係者がいたら、今パレード車に乗っているのは影武者だとそれとなく噂を流して安心させてあげてください」


もちろん身元を控えた上で。


『承知した』


ヴェールのおかげで、アーユイがひそひそと何か話していても、観衆には見えていない。前を行く馬の上で揺れる金色の尻尾を時折見て適度に和みながら、アーユイはゆっくりと式典会場まで運ばれていった。


*****


 リーレイは、隠密の魔法を使う集団と共に城を出た後、祭りの物資を乗せた幌付きの荷台に乗るよう言われた。屈強な体格の男たちに囲まれて窮屈だと思いながら、渋々従う。外から聞こえる音で、どうやら中心部とは逆方向に向かっているらしいと判断する。


「随分と大人しいんですね。かといって、怯えている風でもない」


正面に座った男は、リーレイをしげしげと眺める。


「神が守ってくださると、信じておりますから」


「さすが、聖女様は敬虔でいらっしゃる」


やろうと思えば震えながら怯える演技もできるが、男は毅然とした態度を不審がりもしなかった。もちろん、リーレイが信じているのは神ではなくアーユイとレン、そしてアインビルドの同僚たちだ。


「隊長、式典は中止になる様子がありません」


「なんだと?」


「……今更中止になったりしたら、首都中で大混乱が起きます。私の影武者が代わりにパレード車に乗るのでしょう。どうせヴェールで顔は隠れていますから」


伝達でアーユイからこっそり言われたことを、そのまま口に出すリーレイ。嘘をつくときは堂々と、だ。


「そいつは都合がいい。コトを起こすには、なるべく人が多いほうがいいらしいからな」


「やはり、式典会場で何か起こすおつもりなのですね」


「それ以上聞かないほうが身のためですよ、聖女様」


「……わかりました」


幌馬車は、静かに街の外へと離れて行く。

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