15-2

 レンは、アーユイからの報告を軍部に伝えた。


 エンネアだけではなく、他国も同じように王族や貴族階級に呪いが蔓延している可能性があること。そして各国への攻撃が、少なくとも十六年前には既に始まっていたこと。


 平行して、ヘプタ系の住民や入国者への調べが密かに進んでいた。




 「はあ……」


式典の日程が決まったことで続々とエンネア入りしてくる他国の要人への対応に追われ、聖女はもちろん、王家一族も息つく暇もない。


「アーユイに、会いたいなあ」


預言したわけではないが、アールの旅以来、ロウエンは本当に、アーユイに会うどころかちらりと顔を見ることすらできなくなっていた。




 「娘を、救って頂いたそうですね」


エンネア国王よりも若いアールの皇帝は、静かに微笑み、そう言った。


「大したことはしておりません。フーヤオに同行させた者に、もしも呪いであったなら使うようにと、お守りを預けただけです」


「なるほど。そういうことにしておきましょう」


ふふ、と面白そうに笑う若き帝。実直すぎて嘘が下手な旧友は、聖女が何をしでかしたか、主に隠し通せなかったようだ。アーユイのほうも、転移の魔法のことさえ喋らなければいいと思っていた。


「その後の、姫の容態はいかがですか?」


「順調に回復に向かっていると聞いています。臥せっている期間が長かったので、まだ一人で歩くことは難しいようですが」


「そうですか……」


「フーヤオが献身的に尽くしてくれているそうです。事実を知って人間不信になっている娘も、彼には気を許しているようで」


「へえ」


「……彼は民からの人気が高い。当人が苦労するかもしれませんが、たまには変わった出自の人間を皇族に取り込むのも悪くないと思っているところです」


「友人として、良い知らせを楽しみにしています」


次に会う時には、またフーヤオの身分が変わっているかもしれないな、と、アーユイは密かに喜んだ。


*****


 そうこうしているうちに、エンネストでの聖女誕生式典の日が訪れてしまった。




 「最後にもう一度確認しますね。パレードのコースは、城下の大通りを一周して城に戻る形です。聖女様は観衆に手を振ってあげてください。途中、広場で一度停まり、短時間の式が行われます」


司祭が式次第と城下の地図を見せながら言う。


「パレード中、聖女様の身辺警護は、今まで通り第二上級騎士隊が行います。お気付きのことがありましたら、私に伝達でご連絡ください」


続けてオリバーが、普段とは違う改まった様子で敬礼した。


「わかりました。王子も警護に当たるのですか?」


「もちろん。今回の主役は王家ではなく聖女様ですから、我々は飽くまでも騎士隊としての役目を果たすだけです」


「なるほど。では、よろしくお願いします」


「出発は一時間後です。それでは今しばらく、ごゆっくりお過ごしください」


ゆっくりできるか、といつかも思った感想を抱きつつ、アーユイは司祭とオリバーが退出するのを見送った。


*****


 三十分ほど経った頃だった。


 ふと、待機室の扉がノックされた。


「約束の時間には、少し早くないかな」


アーユイは暇つぶしのボードゲームから顔を上げ、壁に掛かった時計を見上げる。


「どちら様でしょうか」


リーレイが扉に向かって訊ねた。


「直前になって申し訳ございません。聖女様に、式典後の段取りについてご連絡がございます」


若い男の声だった。


「少々お待ちください」


アーユイは、リーレイと目配せをした。




 それから一分ほどの間の後、


「お待たせいたしました。っ!?」


扉を少し開けた途端、乱暴に扉を押し込まれた。跳ね飛ばされ、床に倒れ込んだ侍女に、男の一人が睡眠の魔法を掛けた。一様に武装し顔を仮面で隠した男たちが、聖女を取り囲む。


「失礼。一緒に来て頂きますよ、聖女様」


「……貴方がたは?」


「名乗るような者ではございません。ただ、此度の式典には貴女が邪魔なのですよ」


「邪魔、と申しますと?」


「これ以上の問いには答えられません。おいで頂けなければ、そこに倒れている侍女や、貴女のご実家の方々に危害を加えることになります」


「……私が付いて行けば、家の者には危害を加えないでくださるのですね?」


「お約束しましょう」


「わかりました。ご同行させて頂きます」


「聡明な方で助かりました。では、参りましょうか、聖女様」


廊下に出ると、護衛の兵士たちは倒れ伏していた。多少怪我をしている者もいるが、皆眠っているようだ。


「彼らは魔法で眠らされているのですよね? ちゃんと目覚めますか?」


「ええ、効き目には個人差がありますがね」


「そうですか……」


開けっぱなしのドアをちらりと見遣り、その視線を大男に妨げられると、諦めたようにしずしずと彼らに付いていった。

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