10-4
「聖女様も、次々に大変だね」
城の周りを走りながら、騎士隊に紛れているアーユイに話しかけるロウエン。
「私はよその国の偉い人たちと少し喋って、愛想を振りまいておけばいいだけだから。王子よりは楽だと思うよ」
アーユイは何でもないことのように言った。
「肝が据わってるなあ」
むしろ主役ではない大臣や騎士たちのほうが、ピリピリしている。ロウエンはそういう空気が苦手だった。
*****
そんな騎士隊と聖女を、双眼鏡で観察する人影があった。
「……どう思う、あの二人」
「とてもいい雰囲気のように見えますね」
「やはりか」
やや嬉しそうに顔を上げたのは国王。そして、
「でもあなた、アーユイ姫に無理矢理あの子を勧めたり、縁談をまとめようとしたり、変なお節介を働いてはいけませんよ。飽くまでも、本人たちの意思を尊重しなくては」
「ぐぬ」
すぐにでも二人の婚約パーティーを手配しそうな王を嗜めたのは、艶やかな金髪を長く編んだ女性。王妃だった。
「温かく見守りましょう」
微笑ましげな母の顔とは裏腹に、国王は眉間の皺を深める。
「……二人とも年頃だ。ロウエンに至っては、未だに婚約者がいないのは女好きで一人に定められないからなどと、あらぬ噂を立てられていることはお前も知っているだろう」
「ええ、あなたに似て、本命には奥手なこともよく存じ上げております」
はあ、とため息をつく王妃。国王は再び双眼鏡を目に当て、屈託のないアーユイの笑顔と、好意を寄せていることが丸わかりのでれでれの息子の顔を交互に見て、小さく唸った。
「それにだな、聖女のほうも、まんざらではなさそうに見えるだろう?」
「そりゃあわたくしだって、聖女とロウエンが一緒になるなら、願ったり叶ったりですよ。まさか、アインビルドの暗殺姫が選ばれるとは思いませんでしたが……。彼女なら、妃教育などするまでもなく、完璧な王太子妃を演じることができるでしょうし」
古くは、アインビルドの女子がエンネア王女の影武者をしていたという記録も残っている。その頃からの伝統で、アーユイもリーレイも、その他アインビルドに所属する婦女はほぼ全員、妃の影武者が務まる程度の訓練は受けていた。
加えて、今回アインビルドを伯爵家にしたのは、いくら聖女だからと言っても弱小子爵家の娘が王家に嫁ぐなど、という声を封殺するためだった。――いつでも
「ただ、アーユイ姫は生い立ちが特殊なせいか、他の姫よりも無邪気すぎるところがあるようですね……。少しばかり発破をかけるくらいは、した方がいいかしら」
王妃はすいっと視線を逸らし、何事か思案していた。
*****
翌日も、訪れた他国の美男子を適当にあしらった後、一息ついてリーレイと本日の護衛担当の騎士と共に、茶をしばいていた時だった。
「せーいじょさま!」
ニコ! と相変わらずの愛嬌の良い笑顔で、ロウエンが聖女の居室に現れた。
「王子。どうされたのですか」
「聖女様のおかげで、城中ピカピカだね。みんな喜んでるよ」
「私のほうこそ、良い暇つぶしになっていますよ」
「そんな聖女様に、浄化して欲しいところがあるんだけど」
「? まだどこか?」
城内は概ね回ったはずだが、とこれまでの行き先を思い出しながら視線を斜め上に逸らすアーユイに、ロウエンは頷く。
「うん。国王の執務室と、王太子妃の部屋を、ちょっとね」
*****
オルキスの件以来久しぶりに足を踏み入れた王家の生活区を進みながら、ロウエンはため息をついた。
「実は父上にも兄上にも、お前ばっかりずるい! って常々言われててね……」
言われてみれば、エンネア王家は聖女の末裔なわけで、始祖と同じ力を持つ少女に興味がないわけがなかった。
「ずるいって……。第一王子にはお会いしたことがありませんが、あの厳格そうな国王が?」
「あんなの、威厳を保つための演技に決まってるじゃない。だって、僕の父だよ?」
「……」
妙な説得力だった。
「否定して欲しかったなあ」
ふにゃふにゃの自覚は一応あったらしい。
「訓練中や戦闘中の王子は、キリッとしていますよ」
「本当?」
ぱあっと顔を明るくするロウエン。褒められた子供の顔だった。
「戯れてないで早く来い」
前を行く隊長、オリバーが呆れていた。
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