2-3

 夢の内容を思い出すアーユイ。


「ええと……。《ガイドブック》」


ピュクシスはご丁寧にも、「全部覚えるのは大変だろうから」と一冊の本をくれた。夢の中で説明したこともそれ以外の説明しきれないことも、本に書いておくとのことだ。いつでも呼び出せるので暇な時に読むといい、と言われた。


 見た目は、地味な茶色い革表紙のハードカバー本。何のタイトルも書かれておらず、机の上にポンと置かれていたら、日記帳か何かだと思うかもしれない。アーユイは早速、カバーをめくった。


『アーユイちゃんへ

 この本は、水に濡れても火に投げ込んでも、一切傷がつくことはありません。

 もちろんページを破くこともできません。

 他の人が見ても、何が書いてあるのかわからないようになっています。

 どこかに置き忘れてもすぐに呼び出せるから、安心してね。

 ピュクシスより』


一ページ目には丁寧な手書きの文字で、そんなことが書いてあった。


「どんな技術だ……」


本そのものが、既に呆れるような効果の魔具だった。


 いちいち驚いていては身が持たないぞと気合いを入れて開いた二ページ目には、再び手書きの文字でこう書いてあった。


『アーユイちゃんには、貴女にかけられる呪いを無効にする能力を付けておきました。

 毒を無効にする能力も付けようと思ったら、もうある程度の耐性を持っているみたいだったので、下手に無効にすると感覚が変わってお仕事に差し支えるかもしれないと思って、そのままにしておきました。(必要な時はいつでも言ってね。)』


持っていたのか、毒の耐性。確かに人よりは効かない自覚はあったけれど。というか仕事に差し支えるって、『見ているけれど今まで通りの仕事をしていて構わない』ということか。アーユイは神と人の感覚のズレに、複雑な顔になった。


『他にもアーユイちゃんは、すごい力を既にたくさん持っていて、私は誇らしいです。特に、自分に向けられる悪意や殺意を感知する能力は、とっても大事だと思います。これからも忘れず磨いていてね。』


自覚はなかったが、これも何かの能力らしい。既に命を狙われたことだし、表舞台に出れば出るほど、狙うのではなく狙われる機会も増えるだろう。ありがたい助言として、素直に胸に留めておく。


「次のページからはもう、魔法の解説か」


目次が付いており、丁寧な仕事に感心しながら、加護として与えられた魔法の説明を読んでいく。


 ピュクシスは創世神なので万能ではあるのだが、主に司るのは聖属性と空間属性。故にこの二つについては、かなり自由に使えるようにしておいた、と夢の中で軽く言っていた。他の属性は部下となる神を作り、管理させているのだという。こちらは「彼らが暇そうな時に、紹介するわね」とのことだった。


「確かに、とんでもないな」


聖女がどうしてそんなに崇められるのか、今までピンと来ていなかったが、使える魔法とその効果を羅列されるとよくわかる。


「傷や病気の治癒、汚染された空間の浄化、呪いの解除、物理的・魔法的な結界の生成……」


聖属性の魔法でできることには、伝説に残る通り、またはそれ以上の効果が書いてあった。さらりとした説明だけでも、ただの人間からしてみれば奇跡と呼んでもいいような内容だ。信仰心を植え付けるには持ってこいとも言える。


 そして空間属性の魔法はというと、自身の転移、人や物の転送、遠くへの声の伝達、亜空間の使用など。アーユイにはこちらのほうが驚きだった。


「転送や転移なんてものが簡単にできたら、諜報も暗殺もし放題じゃないか……」


対象の側に現れて一発ぶち込むなり証拠品を回収するなりした後、すぐにまた転移すればいいのだから。


 アーユイは魔法に精通しているわけではないが、一般的な貴族令嬢並みの心得はある。諜報活動の都合上、手紙や声の伝達ができる魔法も多少使える。しかし、それらが空間属性などという種類に分けられることは教わらなかった。無属性とか、そんな分類だった気がする。


「……他人には言わないほうがいいな」


うんうんと一人頷きながら、更に詳しい説明を読んでいるうちに、リーレイが戻ってきた気配がした。

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