2-4

 朝食を手に戻ってきたリーレイは、アーユイの手にある見かけない本に首を傾げた。


「聖女のガイドブックだそうだ。ピュクシス様がくれた」


「それはそれは」


本をベッドの上に置き去りに、食事用のテーブルに着く。二人分の食事がテーブルの上に並び、対面にリーレイも座った。


 使用人が主と同じものを同じテーブルで食べるなど、普通の令嬢だったら発狂するかもしれない光景だったが、アインビルド家ではよくあることだ。わざわざ場所も時間も分けて食べるのは、料理が冷めるし洗い物の時間も遅くなるし、効率が悪い。


「うん、美味しい」


「やはり王宮の食材ですね。ついでにスープに毒を入れた者も目星を付けてきました」


「さすがリーレイ」


まあ、ただでさえ病弱な令嬢に致死量の毒を盛ったはずなのに、朝になっても何の騒ぎにもなっておらず、その侍女が平然と朝食を作りに来たら、挙動不審にもなる。リーレイならすぐにわかったことだろう。


「今日も軟禁でしょうか。誰か信用に足るお偉い様がいらっしゃるなら、毒の件を言付けようかと思いましたが」


「誰も来ないならそれはそれで都合がいい。あの本を読んで、いくつか試したいことがあるんだ。食事の後に手伝ってくれ」


「構いませんよ。どうせお呼びが掛かるまで、あたしも暇でしょうし」


というわけで、アーユイは実家の様子を心配したり、厨房までのルートを教わったりしながら、のんびりと美味しい朝食を食べた。


*****


 リーレイが食器を片付け、戻ってきてからのこと。


「よし、やるか」


聖女の仮住まいは三階にあった。到底降りられなさそうな高さにある窓から、狙撃に備えるように壁に背中を付けて肩越しに外を見ていたアーユイは、すぐに表情を切り替えた。


「お嬢様、ちょっと楽しんでおられますね?」


「面白いじゃないか、実際」


「……まあ、確かに」


王宮で軟禁される機会なんてそうはない。もし万が一のことがあった際にどういった者が追ってきてどういうルートで逃げることができるのか、そんなシミュレートをしていた。


「それで。試したいこととは?」


「うん。《ガイドブック》」


すると、ベッドの上にあった本がフッと消え、アーユイの手に現れた。


「……おお」


何事にも動じないリーレイも、これには少し驚いたようだった。


「リーレイ、今どこか怪我しているところは?」


「怪我ですか? ちょうど先ほど、腕に熱湯をぶっかけられました」


「早く言わないか」


恐らくは毒を盛った者の仕業だろう。


「止めても良かったのですが、あんまり素早く動くと不審がられるかと思いまして、敢えてひっ被ってみました。目撃者ならいくらでも」


何かにつけてあからさますぎる残念な奴だ。プロではないので放置しても構わないだろうと判断したリーレイの気持ちが、アーユイにはよくわかる。


「折角だから、聖女様の力とやらを発揮してみよう。診せてくれ」


「それはそれは。お手柔らかにお願いします」


理解が早い侍女はすぐにブラウスの手首のボタンを外し、袖をまくった。白い腕は、服の上からだったとは言え、広範囲に赤くまだらになっていた。ひりひりと断続的にかなりの痛みが走っていただろうに、平然としているところがアインビルド仕えの侍女だ。


「ええと……」


本には、呪文は必要なく、ただ対象の傷が癒えることだけを願えばいいと書いてあった。


「こうかな」


それっぽく患部に手を翳してみる。と、


「うわっ」


その手の平に大聖堂で見たのと同じ眩い光が一瞬集まったかと思うと、次の瞬間には、リーレイの腕の赤みは綺麗さっぱり消えていた。


「あら、ついでに指のささくれと肩凝りまで消えましたよ」


ぐるぐると快適そうに肩を回すリーレイ。


「それは何よりだ……」


効果が強すぎて、逆に使いづらい。加減を研究しなければと、アーユイは呆れた。

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