2-2

 アーユイは寝覚めが良い。寝ぼけていては、敵襲に対応できないからだ。ベッドがどれだけふかふかになろうとも、きっちり朝の六時に目を覚まし、うーん、と背伸びをした。窓の外は晴天だ。


 軽くストレッチしていると、こちらも時間に正確なリーレイがやってきた。


「おはようございます、お嬢様」


「おはよう、リーレイ。十分に休めたか?」


「おかげさまで。聖女様ご指名の侍女となると、あたしも破格の待遇のようで」


手入れの行き届いた広すぎる個室を与えられ、侍女に侍女が付くというわけのわからない事態になりそうだったのを、丁重にお断りしてきたところだそうだ。


「外を走ってきたいところだけど、衛兵たちが許してくれないだろうな……」


「ええ……」


扉の外の騎士は、六時間交代の二十四時間態勢で野次馬を威嚇したり、追っ払ったりしていた。


「仕方ない。とりあえず着替えよう」


支給された清楚な白い衣装は、あまりアーユイの好みではなかった。


「上等な布ですね。真っ白って、染みも目立つしお手入れが大変そう」


リーレイも、ドレスとは勝手が違う布の多さに苦戦しているアーユイを手伝いながら、庶民的な意見を述べる。間違っても、この格好で血みどろの仕事をしてはいけないだろう。


「聖女にもイメージというものが大事なんだろうね。夢に出てきたピュクシス様も、白くて布の多い服を着ていたよ。見たことがある誰かが言い伝えたのかもしれない」


「夢にもピュクシス様がおいでになったのですか。これは本格的に、聖女様らしくなって参りましたね」


「ガラではないから辞退したいと言ったんだけど。勝手に応援しているだけだからと押し切られてしまった」


「それはそれは」


敬虔な信者が聞いたら大興奮しそうなニュースも、二人にとっては仕事帰りと同じテンションの日常会話だった。


「あら? お嬢様、こんなところに妙なあざが」


不意に、襟元を整えていたリーレイが首を傾げた。


「あざ?」


「ほら、首のところです」


言われて、アーユイも姿見で確認する。


「本当だ、いつの間に付いたんだろう。気付かなかった」


それは治りかけの傷のような薄いピンク色で、赤子の手のひらほどの大きさ。花の模様のようでもあり、見覚えのある形のようにも思えた。


「まあ、痛みもないし、襟で隠れるから特に問題はない」


「左様ですか」


聖女の衣装は肌の露出が極端に少ない。その上、人前に出る時はヴェールを被るようにとのことだ。他人に顔を知られるのが本意ではないアーユイには、その点はありがたい。


「よし、こんなものでしょうか。それでは、あたしは食事の支度をして参ります」


最後にびし、と背中側のスカートの皺を伸ばして満足げに頷いたリーレイは、完璧な侍女のように丁寧に扉を開き、外の騎士に綺麗な会釈をして、しずしずと出て行った。


「……さて……」


食事はおそらく、一時間ほど後だろう。昨日の夕食の件があるので、何か用意されていても作り直すはずだ。話し相手がいなくなって、また暇になってしまった。


「……夢のおさらいでもするか」


アーユイは動きづらい衣装のままベッドの上にあぐらを掻き、夢でピュクシスが教えてくれた加護とやらを、もう一度確認することにした。 

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