12時発、1時着。

@chauchau

帰りたい理由はあるのかと


「観たい番組があるんだ」


「ば、んぐみ……?」


「舞台劇……、みたいなもんかな」


「舞台に興味なんかあったんだ」


 拾い集めた枝を焚火に放り込む。炎は与えられた餌にすぐさま食いつき、自らを大きく成長させる。炎の向こう側では彼女が意外そうに、それでいて本心は興味なく、串を突き刺した魚の焼き加減を確認している。


「ないよ」


「ふぅん」


 そちらから尋ねておいて。

 彼女の態度にそんな言葉を返すつもりはない。夜は別世界だ。焚火が照らす範囲から一歩でも外れれば、闇が一切を飲み込んでしまう。あれだけ感動した輝く星々も旅のゴールが近づくたびにその光量を弱めていった。

 暗闇の中で気が狂わないように火を起こす。起こしてしまえば敵に存在はバレているのだから更に会話だって交わす。襲われることよりも、自分を見失うことのほうが恐ろしい。


 だけど、二年以上一緒に居れば話の種だって底をつく。

 生きるために言葉を投げる。相手が受け取ってくれる必要などはない。投げた事実と投げられた事実さえあれば良い。


 異世界に召喚された勇者に夢を持てたのは最初の一週間だけだった。いまにして思えばよく一週間も持ったと過去の自分を褒めてあげたい。

 戦いは怖い。旅は辛い。味方のはずの人間は助けが遅いと文句を言う。敵を殺せば恨みつらみを押し付けられる。

 旅立ちを共にした四人の仲間は、死んだり逃げたり、どちらにせよもう誰も残っていない。結局、道中で知り合った元死刑囚の犯罪者奴隷である彼女だけが唯一の同行者だ。


 一緒だと彼女は嘲る。

 逃げることも出来ず、死にたくはないから戦う奴隷と。

 魔王を倒すまで元の世界に戻れず、死にたくはないから戦う勇者が。


 死にたくはない。

 はずだ。


 だから、帰る。

 帰る目的を持つ。


 時間の流れが異なるため、こちらの一ヵ月が向こうの一分となる。

 五年以内に帰れば、僕はお目当ての番組を観ることが出来るんだ。好きだったアイドルが出演予定だった深夜のお笑い番組。タイトルも、芸人も、観たかったアイドルの名前も忘れてしまったけれど。


 僕は帰るんだ。

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