邑 18

「もう一つ、お聞きしたいことがありますの」

「なんだろうか」

「貴方様にとって、行方がわからなくなったご友人は、どういった存在なのです?」

「……質問の意図がわからない」


リーが女だということはほんの一握りしか知らない秘密。

本人が隠していたかは別として。

邑では男で通っていたし、平民なので妃候補に挙がることもない。

アイリが今更リーを気にする理由が見えなかった。


「意図など……わたくし個人の興味です」

「興味、か。ははっ、私の醜聞なら噂好きなご友人とでもすればいい」


アイリは目に呆れを含ませた。

家名持ちたちがクロウを陰で鬼児と呼んでいることを知っている。

クロウの外見、白髪と金目、そして白い炎が生み出せることが由来する。

彼らがよく知る都の神官とはまったく違うものだ。

人間はよく知るものから外れるもの、仲間外れを忌み嫌う。

同時に話の種として、好んで蔑むのだ。


「そんな面白みもない話、時間の無駄ですわ。他人の醜聞をする口にする暇があるのなら鍛錬の一つでもすべきです」


先程より強く、アイリの印象にずれを感じた。

時間の無駄と言い切る潔さはまた別の誰かを彷彿とさせ、なんだか可笑しくなった。


「何か可笑しいことを言いまして?」

「いや……リーと同じことを言うのだな、と」

「リー様、ですか?」


アイリはふわりと笑った。

作ったような笑みではなく、自然な、心からのものだ。

リーの名を出した途端だったので、印象との齟齬が半端でない。

家名持ちたちは、クロウの施策から神殿に出入りする平民をよく思っていない。

特に、常にクロウの側にいるリーは邪魔な存在。

そのリーの行方捜索に身内を駆り出させられている。

クロウを、ひいてはリーを嫌うのが当然の流れだ。

捜索協力を材料に妃選出を持ち込んでいるので、彼らの顔の皮は相当厚い。

それに、アイリの父親のカンは、十年前にリーを嵌めようとしたことがある。

だから余計に、アイリがリーを受け入れているように見えることに違和感があった。


「貴女方……いや、貴女の父上は、リーを疎ましく思っていたと記憶しているのだが」

「父とわたくしは別ですもの。ああ、兄のことですか? 兄を捜索に推挙したのはわたくしですから、恨むなど致しませんわ」

「貴女が?」

「とてもお暇そうでしたので、神官様のお役に立てれば官吏に引き立てられるのでは、と父の耳に入れました」


とんだ女傑だ。

華やかな美貌の裏に隠れていた才覚に驚かされる。

イ家の令嬢である彼女がリオンの信頼する部下の娘であるメイと友人でいられるわけが垣間見えた。


「それより、わたくしの答えを頂いておりません」

「なんだったか……」

「神官様にとってリー様はどのような方か、です」


答えるのは簡単だが、答え方に迷う。


「何故聞きたいか聞いてもいいだろうか?」

「ですから、個人的な興味です」

「何所に興味を?」


前のめり気味だったアイリはハッと我に返り、姿勢を正して口元を袖で隠した。

クロウとアイリは気軽に言葉を交わす間柄ではない。

個人的なことはお互い何も知らなかった。


「最近、神殿で様々な方とお会いする機会が増えました」

「ああ」

「わたくしと仲良くしたいとおっしゃる方は大勢おります。皆、わたくしの家柄だけを見て友人と言うのです」

「だろうな」

「メイとは幼い頃から、この地に来る前から付き合いがあったこともあり、素のわたくしを知る者として友人だと思っております」

「なるほど」

「以前、貴方様とリー様が並んで談笑している所を拝見しました。リー様と一緒にいる貴方様は、楽しそうでいらした」


それはそうだろう。

クロウにとってリーはかけがえのない存在だ。

リーが隣にいたから今のクロウがいる。

もし、リオンがリーを連れて来なかったら、心のない人形の様に育っただろう。

そして、生きる意味すらわからず、あっさり実父の手にかかっていた。


「先日、同じ妃候補のミアン様とお茶を致しまして。可愛らしい……なんでしょうね、守ってあげたいというか、構いたくなるような、そんな感覚になったのです」

「うん?」

「メイとは違うのです。それで、神官様がリー様を揶揄って怒らせていたことを思い出し、この気持ちと同じなのかしら、と聞いてみたくなったのです」

「なんと言うか…………愛玩動物を愛でたいと、聞こえるのだが」

「まあ! ミアン様を畜生と同一だとおっしゃるのです?」

「そうじゃない」


おそらく、多分、きっと、クロウがリーに抱く恋慕と、アイリがミアンに向ける愛情は別物だ。

愛は愛でも友愛で、俗にいえば癒し目的の下心ありきの友情。または歳の離れたを妹を構いたいお節介か。

邑には野生生物は勿論、畜産用の牛や羊も、愛玩用の動物もいない。

過去に犬を持ち込んだ家名持ちの家があったが、数年経たず魔に侵され、刹処分となった。

当時の被害を目の当たりにした民たちにより、暗黙の了解で動物を持ち込むことはなくなった。

故に、愛玩動物を飼う趣向が邑の民にない。


「つまり貴女は、ミアン嬢と友人になりたいのか」

「…………そう、そうですわね。ミアン様と仲良くしたいのですね、わたくしは」


クロウに指摘され、合点がいったようだ。

アイリはミアンと気安い仲になりたいらしい。

メイと違う所は、歳の差とか、庇護欲がそそられるかどうか、なのだろう。

アイリの表情でそれが偽りない本音なのだと見て取れる。

先程とまったく違う顔をしていた。

外見とは真逆の隙のない女性だと思っていたら対人関係であたふたする、どこにでもいる令嬢だ。

手探り方法がやや勇ましいが。


「わたくしのことはよいのです。神官様、また逸れておりますわ」

「貴女自身、納得したのだろう。そんなに聞きたいのか」

「答えられないのですか?」


リーが女だということは、秘密だ。

特に家名持ちたちに絶対に知られるわけにはいかない。

男だと通していたから邪険にされる程度で済んでいた。

もし、女だと知られ、クロウの寵愛を受けていると疑われたら、どんな手を使ってでも消されていたことだろう。

けれど、アイリなら……


「愛している。何にも替えられない程。私……いや、俺の片翼だ」


アイリは思わず口元を袖で隠した。

しかし、目は正直だ。驚きが隠しきれていない。

片翼とは大陸全土に伝わる物語に登場する男女を指す。引用される意味は、無二の伴侶。


「愛……ですか?」

「伴にと願っていたがーー…………このざまだ」


自嘲気味に苦笑した。

リーがいなくなって二年。

生きている可能性を見つけ、立ち直れたかと思っていた。

未だ喪失感が拭えない。

今も尚、ずっとリーを求めている。

リーに焦がれるあまり、兄と慕う友人まで失った。


「片翼、とまで……請われていらしたのですね」

「おかしいと思うなら笑ってくれて構わない」

「いいえ」


揶揄うでもなく、悠然と微笑んでいた。

慈愛すら感じさせる。


「答えて頂いたお礼に、一つ情報を差し上げますわ」


アイリは人差し指を立て、そして、卓の上の焼き物の破片を差す。


「こちら、マオ様のお部屋から持ち出したものですわね」

「そうだが?」

「どちらの方が作ったものかおわかりになります?」

「は? ……ワンリ、だろう?」


イ家の長子のワンリ。

人前に滅多に出ないが、趣味で作ったという焼き物や彫刻を神殿や邑内に飾ってほしいと持ち込んでくる。

炉を借りにロ家の工房に度々やってくると聞いている。

ワンリが作る焼き物の特徴は、練った土の性質か赤黒い艶が出る。


「ええ、製作者はワンリ、当家きっての変わり者の手によるものです」

「それがなんだ?」

「神殿の至る所にワンリの作品があるようですが、あの方、家名のあるお邸に配ることはしませんのよ。当家には掌くらい小さなものがいくつか目につかない所に置いてあるくらいで、神殿にあるような大きなものはありません」

「…………ご当主に歓迎されない趣味のようだ」


嫡男が趣味に没頭していたら見捨てたくもなる。

カンがワンリより次男のサイリを重用していたのは、神殿にも聞こえていた。

配っていないはずの焼き物がマオの部屋から見つかった、ということは、ワンリとマオの間に何かあったと考えられる。


「直接ワンリに訊ねることをお勧めします」

「そうしよう」


やっと足掛かりになりそうな情報が手に入った。

まったく関係ないかもしれないが、マオの隠れていた交友関係が見えるかもしれない。


「では、わたくしはお暇します」


袍の裾を軽く持ち上げ、優雅に立ち上がる。

所作一つ一つが洗礼されていて美しい。

神官の妃になる為、修練を積んだのだとわかる。

家の為に動く女だと思えないのに。

邑の神殿は都とは違い、後宮が存在しない。

地方神殿もそうなのだが、イ家の姫君が嫁ぐ想定されていたならば、嫁ぎ先は大神殿だったのだろう。

地方神殿では妃に迎えるのはひとりのみ。

後添えを迎えるとしても前妃が没してからと、大神殿より言い渡されている。

後宮という性質上、大神官の妻たちは寵を競う為、様々な教養を身に付けさせられる。

故に、都を離れたアイリには教養も所作もさして必要のないもの。

メイが自慢する程の琴の腕や神殿の書庫を漁ってまで読む書籍は、妃教養の為ではないのだとしたら。

加えて、神官であるクロウに想う相手がいても、気に留めた様でもない。

アイリが妃候補でいる理由は、家の命令だけなのだろうか。


「貴女は、神官の妃に興味がないのか?」

「まさかーー」


アイリの形の良い唇が弧を描く。


「とってもございますわ」

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