港町 15 (リャン視点)

港町に診療所を構えるシャオ老師は、元は都で治療師をしていた。

リャンの傷を診ながらぽつりぽつりと昔話をしてくれた。

リャンを匿ったのも縁あってのこと。

シャオ老師はリャンの曾祖父、ロ家の家長と旧知の仲だった。

付き合いがあったのは四十年以上前で、シャオ老師が港町に越したと同時に途絶えている。

風の噂で、神官の末弟が何人かの部下とその家族とともに都を出たことを聞き、ほっとした心地がしたという。

まだ神殿の制度を良しとしない者がいたのだと喜んだ。

上層部、特に選民意識の高いやんごとない身分の者たちからしてみれば、自分達に異を唱える者は邪魔者でしかない。

邪魔するものは排除すべし、という意見を持つ者も少なくない。

だから、まだ若く力がなかったリオンは逃げることが正解だった。

腕利きの治療師として神殿に上がることもあった老師は、そう語った。


「なあ、俺ってジジィに似てる?」

「じい様? いや、思ったこともないけど。でも、カナンさんや師匠ってよりじい様の血だなって思ったことは何度かあるぞ」

「うっそぉ!?」


日参したリーに素朴な疑問をぶつける。

シャオ老師に、ロ家出身と言った覚えがないのに曽祖父の名前が出てきた。

一目で血縁者とわかるほど似ていると思えないのに。


「それが今日の質問?」

「違う違うっ」

「今日は俺が訊く番だしな」

「はい、どーぞー」


短い時間で聞きたいことを捌き切れないので、一日一つだけ質問し、翌日は交代して聞き手になる取り決めをした。

リャンの具合を配慮してのこともある。

リーは寝台の傍にある椅子に座り、リャンに向き直った。

リーが聞きたいことは一つしか思い浮かばない。

クロウのことだ。

離れ離れになった二年、クロウがどんな暮らしをしていたか気になって仕方ないに違いない。

言葉を選ぶように、視線を彷徨わせ、膝の上で組んだ指が忙しなく動いている。


「じゃあ、邑の……皆の様子が、知りたい。俺がいなかった時の」

「クロウ様じゃなくて?」

「クロウもだけどっ! 大雨だったし、避難した人とか壁も心配だし、えーっと……畑を手伝うって約束してたし、それにーー」

「二年の月日を一日では語り尽くせないなぁ」

「……だよな」


質問の範囲が広すぎて絞るよう提案する。

答えによっては内容が膨らむので、知れることも増えるだろう。


「……ジュジュ、はどうなった?」

「そっちかぁ」

「一番気になることだろ」

「はいはい。ジュジュは帰ってこなかった。以上」

「短いな」

「魔の森に入って戻ってこれるのはクロウ様だけでしょ」


ジュジュは放置街出身で、リーが行方不明になった日、壁の巡回警備をしていた青年だ。

もちろん普通の人間で、魔を撃退する炎が出せるわけでもない。

見回りから帰らないジュジュをリーが探しに行き、二人とも戻らなかった。

魔憑きとして邑に現れることもなかったので、魔の糧になってしまったと考えられていた。


「そうだよな……」


リーの顔が苦痛に歪んだ。

あの日、リャンたちは何が起こったか知らない。

大雨で住民の多くは神殿に避難していた。

嵐の影響で壁が崩れたと報告があり、兵士の半数はそちらに駆けつけた。

知っているのはリーとジュジュのみ。

いつまでも戻らないリーを心配したクロウが周辺を探させ、翌日ジュジュの剣を壁の外で発見した。

家名持ちたちは、リーはジュジュを犠牲にして逃げたと笑っていたが、クロウとリオンが黙らせた。

憶測だけでしか出せない答えに、クロウは否定し、絶望し、感情をなくしていった。

状況的にリャンも弟分のことを諦めていた。

けれど、クロウが失意の底にいるのを見るに堪えず、リーは生きていると励まし続けた。


「短かったんで他の人とのことも教えちゃおうかなぁ」

「……じゃあ、リャンのこと教えて」

「おれぇ!?」

「そう。結婚したんだろう?」


リャンには婚約者がいる。

名家では、家同士のつながりから生まれる前から婚姻が決まっている家も少なくない。

そんな中、リャンが見初めたのは放置街からリオンに連れてこられた女の子だった。

見た目の愛らしさも然ることながら、純真で内面から滲み出る美しさに惹かれた。

家族にも認められ、蜜月まであと僅かだった。


「結婚はしてない」

「え……? 愛想つかされた、とか?」

「別れてないわっ! 毎日めっちゃいちゃいちゃしてたわっ!」

「リャン兄に難ありじゃないならなんで」

「…………お前がいなくてクロウ様が凹んでいるのに、俺だけ幸せになれるかよ。って、なんで俺が悪いみたいに言われんのぉ!?」

「ジウが原因になる理由が思い当たらない」

「納得するしかないっ!」


大声を出した所為で胸あたりの骨に響き、痛みに悶えた。

踞って痛みが去るのを待つ。

涙目になりながらもちらりとリーを見る。


「聞かないのか、クロウ様のことは」

「……ちょっと、聞くのが怖い」


リーが何の心配をしているのかわかる。

リャンの結婚のことを訊いた。

成人前から毎日のように妃候補の釣書を押し付けられていたのだ。

クロウの隣によく知らない娘がいると知ったら、わかっていても衝撃を受けるに違いない。その逆も然り。

それほどまでに、リーとクロウの絆は強い。

昔、リーと二人で稽古を受けていたら、不機嫌なクロウが乱入してきたことが度々あったなと思い出した。

人一倍独占欲が強いのに、相手が鈍い所為で黙って行動するしかなかった主を何度哀れに思ったか。


「するわけないじゃん。クロウ様が婚姻なんて」

「そ、そうなのか?」

「だって……」

「だって?」

「いーや。俺が言うべきじゃないなぁ」


知りたいなら自分で直接聞けばいい。

今リャンが口にしたら狡い気がした。

答えを聞く為にも早く怪我を治さなければ。

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