港町 14 (リャン視点)

宛てがわれた個室の寝台に寝転んで天井を眺めていた。

老師の診察では、利き腕と足と胸の骨が折れており、肩と股関節は脱臼、どうやって打ちつけたのか全身隈なく打撲、特に頭の傷は大きいので動かさないよう厳命された。

本当に大怪我だった。

痛みを自覚すると腕一本動かすのも一苦労だ。

まずは怪我を治すことが最優先。

老師から「意識不明で面会謝絶にしておくので、今はゆっくり休め」と言われたので、ありがたく享受しようと思う。


一人になり現状を整理する。

大陸のおおよその位置を聞いて、邑よりも都に近いことを知った。

帰ろうにも距離がありすぎる。

都から移動する時も二年近く年月が掛かった。

単独だし移動手段を考えればあの時よりかなり早く辿り着けるだろう。

一日でも早く帰らなければ。


なによりリーだ。

魔に攫われ、流れ着いた所にリーがいた。

嵐の夜に行方不明になった弟分。

おそらく、同く魔に襲われてこの町に来たのだろう。

あれから二年。

魔に襲われたら帰って来れないのも仕方がない。

生きているのに帰って来ないのが不可解だ。

リャンが知っているリーなら、どんな状況だろうとクロウの元へ帰ろうとする。

クロウの側が自分の存在意義だと言わんばかりに離れようとしない。

今のリャンのように町の人に助けられ、恩を感じているのはわかる。

それでも不自然だった。

聞けばここは港町で、様々な品と共に情報が入ってくる。

二年もあればこの町が大陸のどのあたりに位置しているかわかっていただろう。

クロウと共に勉学を努めたなら地図くらい読めるはず。

都から邑へ移動した経験もある。

導き出される答えは一つ、自ら帰らないと決めた、ということだ。

だけども、関係ない。

リーが何を考えようと連れて帰る。

クロウがリーの帰還を待ちわびているのだから。




日がな寝台に横になっているだけで時間は過ぎた。

会いに来るのは老師と助手の娘、そしてリー。

表向きは意識不明となっているので、リー以外の訪問を突っぱねているようだ。

取り調べやら引き渡せやら物騒な言葉が聞こえてくるので、訪ねてくるのは役人だろう。

神殿が管理している町だ。不審者は徹底的に調べるはず。

十も満たない頃に都を出たので記憶は朧げだが、良い印象があまり残っていない。

偉ぶった神殿の役人たちが幅を利かせ、軍人が道で民に難癖を付けていたのを見たのは一回や二回ではない。

叔父のルオウは先の戦で武勲を上げ、神殿付きになった。

自慢の叔父は驕ることなく、己を鍛え上げることに邁進していた。

他人にも自分にも厳しい人で、自分の正義を貫く人だ。

だからこそ都での地位を捨て、リオンと共に果ての地に行くことを決めたのだろう。

厳しい土地ではあるが、あそこに行ってよかったと思っている。

腐敗した都でつまらない生き方をするよりよっぽど良い。

邑を出たとしても、神殿に謙るような生き方だけはしたくなかった。


食事を運んでくるリーとはいろいろ話をした。

老師から注意されているのか一日のほんの少しだけ。

互いが聞きたいことを一つずつ聞いて答えることになった。

リャンが聞きたいこと、一番気になったこと、それは。


「なんで女の格好してんの?」

「まずそれかよ」


弟分は半目になって低く呟いた。

軽装ではあるが主に女性が身につける衣装を着ている。

帰らない理由よりも性別が変わっている方が気になるに決まっている。


「俺は女だよ、生まれてからずっと」

「はぁ? え、だって……」

「ていうか、男だって言った覚えも肯定した覚えもない。お前らが勝手に勘違いしただけだし」

「クロウ様も?」

「知らないだろ」


本当にそうだろうか。

クロウは知っていたのではないのだろうか。


「リオン様はご存知だぞ。あと、神殿付きの女官だったラン夫人も」

「それって、チェン大人(ターレン)も知ってるってことじゃん?」

「そうかもな」


ラン夫人とは神殿で神官の身の回りの世話をしている婦人で、先代神官リオンの右腕である文官長のチェンの細君。

夫婦揃って朗らかに毒舌を吐くことで有名だった。

リオンに引き取られた以降のクロウの乳母代わりを務め、一緒に育てられたリーの世話もしていた。

特殊な環境下だったので知っているのは極々一部。

同じくリオンの側近であるルオウは、知らないだろう。

リーをリャンたちと同じように鍛えていたのだから。


幼少期はともかく、成人を過ぎると男女の違いがはっきり身体に表れる。

リーが邑から消えたのは二年前、十七の年頃。見た目にも女性の特徴が表れているのが自然である。

なのに長く一緒にいすぎた所為か、男と疑っていなかった。

今でも目立った差はない気がするが、装いの所為かちゃんと女に見える。

邑での見慣れた格好でいたら、おそらく、女と聞いても信じないと思う。

服装一つで化けたものだ。


「女コワっ」

「……ジウに言えるか、それ」

「はあ? ジウは何着ても可愛いし! 俺の羽織着てもすごくかわ……あ、着せたい。すっごい見たいいぃ!」

「暴れるなよ。傷口開くぞ」


寝台の上をゴロゴロと転がるリャンの背をリーがばしっと叩く。

痛みに呻いて、枕に臥せった。

軽く叩いたつもりだろうが、リャンは怪我人。少しの衝撃でも痛いに決まっている。

リーはこのあと店の仕事があるというので、本日の一問一答はおわった。


リーが帰ったあとは眠る以外の暇の潰し方がない。

なので考える時間はいっぱいあった。

リーが女だという事実を考えてみた。まだ信じ難いけれど。

本当にクロウはリーが女だと知らなかっただろうか。

クロウは本当にリーを大切にしていた。

親友であり兄弟であり相棒であり、片翼だった。

そういえば、とある事柄を思い出す。

現役の神官の役目に血筋を残す、というものがある。

特に邑は魔の森に囲まれている危険な土地。

権力にしがみつく煩い連中から、身内を妃に、という話を何度持ちかけられたことか。

自分たちの安寧の為にも早く次代の神官が欲しいことだろう。

無理矢理送られてくる釣書の山は、男として羨ましいものではなく、クロウの機嫌を損ねさせる厄介なものだった。

いつものらりくらりと婚姻の話を避け、受け入れなかった。

二年前の嵐以降、妃候補を招くという話が出てはリーを理由に断っていなかっただろうか。

揶揄って茶々を入れたが、あれはそういう意味だったのでは、と勘繰ってしまう。

そう定義すると思いあたる節がいくつも浮かんでくる。

その様子はまさに溺愛。

リャンが恋人に抱く感情と同種のものだ。


「…………リー、絶対知ってるぞ、クロウ様は」

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