過去 4
邑を興すまで、二年の準備と二年の過酷な旅路、一年の復興作業がかかった。
信頼できる者だけを選定し、労働の為に放置街から人を雇い入れ、旅に備えての物資を揃えた。
斥候を放ち情報を仕入れ、遥か昔、魔境と恐れられる忘れられた地を見つけ出した。
都から流れる運河から海に向かって約数ヶ月の船旅。幾つもの山を越え、人里から物資を供給しながら深い森へ入った。何人もの犠牲を出し、辿り着いたのは廃村よりも寂れた土地だった。
長い旅路で魔の犠牲になったり過酷さから途中で抜けていく離脱者が出たりで、目的地に着いた時は出発から三分の二ほどになった。
それでもリオンはこの土地に拘った。
偉大なる白い炎の使い手だった祖先が伝え残した古の場所だったから。
先触れからあらましを聞いたリオンに迎え入れられ、リオンの執務室に当事者が揃った。
傷を負ったクロウ、加害者のリー、師であり監視者であるルオウ、二人のお目付役であるリャン。さらに書記としてチェンが控えている。
クロウは部屋に入る前に簡易な手当てを受け、今は腕に包帯が巻かれている。
顔色が悪いリーはクロウに手を引かれ、執務室に着いても離れることはなかった。
本来ならただの目撃者であるカンも部屋に招かれている。
血統に拘りを持つカンが家名を持たないリーがクロウの側仕えをしていることを快く思っていないことは周知である為、ルオウたちが遠ざけようとしたが、リオンが許可をしたのだ。勝ち誇った笑みを浮かべている。
「事故なのはわかったよ。でも、言いつけを守らなかったリーが悪い」
「叔父上っ!」
クロウは非難の声を上げる。反対にカンは喜色を浮かべている。
現時点の神官であり執政であるリオンの決定がすべて。判決が覆ることはない。
「大神殿の法によると、神官を害したものは打ち首、だったかな。私が幼少の頃に父を暗殺しようとした者たちが都の外壁に首だけ吊るされていたねぇ」
趣味の悪い刑だ、と片眉を顰めた。
神官の暗殺は反逆罪で重い罰が科せられる。実行せずとも企てただけで重罪。
それだけ神官の力は偉大で、血筋は尊いものだった。
しかし、いつの時代もかならず一度二度はあることだった。
「そうですとも。ですからその子供を打ち首に……」
「ふむ……」
一同の視線がリオンに集まった。
リオンは指を組み合わせ顎を置く。考え事をしている仕草だ。
何を考えているか読めない表情に皆固唾を飲んだ。
周囲の緊張が伝わり、リーが身を強張らせる。繋いでいたクロウの手を無意識に強く握った。
「リーには罰を受けてもらおう」
「叔父上っ!!」
「鞭打ちと三日間クロウの側を離れて壁の修復を手伝いなさい」
「リオン殿!?」
予定とは違う罰にカンの方が慌てる。
「次期神官のクロウが傷を負ったのなら負わせたリーも傷をつくりなさい」
「甘すぎる! あの子供に責を負わせるべき……」
「だから罰を与えるよ。正直、今は邑から一人でも死者を出したくない」
「法を……」
「それは都の法だろう。ここは都ではないし、神官位に就いているのは私だ」
「……っ!?」
神官の決定は絶対。
反対できなくなったカンは勢いを失い、よろよろとうしろに下がった。
ひとまず収まった事態にクロウたちは安堵の息を吐いた。一人青くなったままのリー以外は。
「あと、これのことだけど」
リオンは誰もが見えるよう執務机に真ん中に一振りの剣を置いた。クロウの腕を傷つけた剣だ。
訓練用に用意された剣は、すべてロ家の武具工房で作られ、使い古したものを訓練用に加工してある。
刃が潰され抜身のまま竹で編まれた籠に突っ込まれていた。
「これ、刃が潰れてないんだよね」
「そんなはずは……!?」
訓練用の武具はロ家の出身であるルオウが管理しており、普段は実家で保管している。
ルオウは剣を手に取り、刀身を確認した。
「……真剣です。こんなもの、なぜ……?」
「柄のところにカナンの名が彫ってあるけど、カナンが用意したのかい?」
「兄の? いえ、兄の名が彫ってありますが、違います。兄の刻印ではない」
「へぇー?」
リャンも確認する。父親の名が出て心臓が飛び出るほど驚いた顔をしている。
何度も工房で見ていた。父や祖父が作っていたものとは違う型の剣。
リャンがクロウの兄弟子として神殿に呼ばれるにあたり、カナンは手製の短剣をリャンに持たせた。いつかのようなことが起こらないように。
それとは印も型も違う。毎日目にしているものなので誤りようがない。
どんな作品にも制作者がわかる印が刻印されているもの。工房の印と制作者の印が合わさったようなモノが多い。また、鋳造の型も工房により異なるので、一見してどこの工房で作られたのかすぐにわかる。
見たことがない印と型に、カナンが作ったものではないと首を振る。
わざわざ当人を呼ばずとも彼が無関係であると証明できた。
「それにこれは、やや小さいですな」
「うん。大人が扱うには小さいね。まるでリャンくらいの子供が扱うにはちょうどいい長さだ」
「子供が手に取りやすい剣……」
試しにリャンが剣を握り構えてみせるとしっくりくる大きさに見えた。
薄墨色という見た目から重さがないようにも見えるのでリーが自然に手に取るのも納得がいく。
「作者不明、我が家で管理していたものではないとお見受けします」
「わかった」
洗い出した証拠から、この事故は故意に作り出されたものだと推理できる。
事故を作り出そうとした者の狙いも予想できた。
「は、判決も下ったことですし、私は下がらせて頂きます」
「ああ、ご苦労」
カンは礼をとって退室した。
そそくさとした足音が遠ざかるのを聴きながら、皆扉を見つめた。
リオンのため息で視線を机に戻す。大人たちは一様に疲れた表情を見せた。
「あの者たちも困ったものだね」
あの者たち、とはカンのような自己欲のために他者を見下す名家出身の者たちのこと。選民思想が強く、避難民を自分たちと同じ人種と考えていない。同じ家名持ちでも、平民上がりのロ家を快く思っていない家も多い。
都で威光を放っていたイ家に追随して自分を神殿の要職にとリオンに申し立てをしていた。
彼らをまとめているのはイ家のカンだった。
「この剣、叔父……いえ、ホ家が手がけたものかと」
「だろうね。証拠がないから糾弾できないけど」
「主犯はカン殿と思われますが、如何致しましょう」
「今はいいよ。というか、それどころじゃないよ。復興が先だ」
「御意」
ルオウの身内筋であるホ家はリオンよりカンに与していた。
期待されない末弟より、都で神官の次に権威を持っていたイ家に付くことを選んだ。
都から遠く離れた邑ではその権威はないに等しいのだが、名家であるほどイ家の威光に縋る。
「さてリー。腕を出しなさい」
リオンは棚から鞭を取り出した。木の皮からつくった乗馬用の鞭だ。
リーは思わず、ひっ、と小さく悲鳴を漏らし、身を竦ませる。
「……痛い、ですか?」
「痛いよ。傷を作るのは痛いことだ。自分で傷を作るより、他人に傷つけられる方が痛いんだ」
怯えるリーにリオンは淡々と諭した。
恐怖でリーの体が強張る。足の先から血の気が引いて、体温を感じられないのに、バクバクと打つ脈が周囲の音を塞ぐ。
ふと、手が温かいことに気づいた。ずっとクロウが隣で手を握っていてくれたからだ。
リーの所為で傷を負ったのに、リーを気遣う眼差しを向けている。
胸の奥がぎゅっと痛くなって、泣きそうになった。
リオンが言いたいことを理解したリーはクロウに向き合った。
「……ごめん、なさい。もうしません。師匠の言うことちゃんと守ります」
「うん。おまえが怪我しなくてよかった」
リーはまた泣きそうになる。
クロウが気に病む必要などない。リーが言いつけを破った所為なのだから。
目尻に涙がたまると、クロウはそっと拭った。
どこまでもリーに優しかった。
「俺、クロウがもう怪我しないように強くなる。強くなってクロウを守る!」
「俺のが強いのに?」
「これからだ!」
「なら俺も、お前が追いつけないくらい強くならないとな」
「意味ないじゃん!」
しおらしかったのも一瞬で、すぐにいつもの二人に戻った。
リオンたちは顔を見合わせ、苦笑した。
三月後、リーに一本の剣が贈られた。
クロウに傷を作った剣をカナンが打ち直した。家長が新しく作った鹿の革の鞘に収められている。
鞘には贈り主の印である白い炎が刺繍されていた。
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