10歳 邑

過去 1

かけ声と共にブン、ブンと空を切る音が神殿の中庭に響く。

声は二つ。どちらも成人前の幼いもの。

十の歳に届こうという子供が木刀を握り、懸命に素振りをしていた。

子供たちの傍らにはガッチリとした体格の男が数人いる。皆簡素な鎧を纏って子供たちを見守っていた。

中でも風格がある男がいる。

一際体格が大きく、熊のような野性味の圧を発している。一見厳つい顔つきをしているが、笑うと愛嬌があり親しみが持てる。

無精髭を標準装備したこの男の名はルオウ。


「リー、剣先が揺れてる。腕の力だけでなく体全体を使って振るんだ」

「はいっ」

「クロウ様、遅れてきてます。拍子に合わせて」

「はい」




大陸の端にある小さな半島。

半島のほとんどは魔の森が占め、先端は高い崖になっている。

海に面しているけれど水に恵まれていない土地。

不穏で不毛な土地に新しい集落、邑ができた。

魔の森に抱かれるようにある邑は人敵の心配がほとんどない。

かわりに魔の脅威が都の比ではないので邑の民は皆武術を習う。神官代行のリオンの推奨でもある。

できたばかりの邑は人材不足。子供ですら自分の身は自分で守らなくてはいけない。


軍事責任者であるルオウも邑の周囲に気を配りながら、次期神官のクロウと従者候補のリーの剣の指導に当たっている。

二人は今年十になる。この歳で大人と鍔を合わせられる腕を持っているが、体格差で力負けしてしまう。

都にいるときから修練を積んでいるが、最終的に基本がものを言う。なのでひたすら基本の素振りと体力作りだ。

退屈を嫌うリーを飽きさせないため時には一対一の打ち合いもする。

同年代の子供たちと共に鍛錬に励むこともあるけれど、できたばかりの集落は忙しく、子供の手も重要な労働力。クロウ対リーでの対戦が多かった。

今のところの勝率は八割クロウが勝利を収めている。


「はい止め! 二人ともまだまだ体力が足りてない。明日は筋力をつける訓練をしましょう」

「わかった」

「はぁい」


黒髪の少年、リーは顔を顰めた。

隣で水を飲んでいるクロウはそんな幼なじみの様子に呆れた。


「リーはそっちより剣術を習いたがるな」

「だってまだ全然クロウに勝てない!」

「十度に一、二度勝ってるだろ」

「それ勝ってるって言わねぇよ!」


キャンキャン噛み付くリーをクロウは軽くあしらう。鬱陶しいと言わんばかりの口調だがその顔はどこか嬉しそうに見える。

クロウの立場では、正面から素直にぶつかってくる者などリーくらい。

出来たばかりの邑でも、今までの価値観から神官を神聖視してしまい、なかなか本音を曝け出すことが難しい。大人に習って、子供たちもクロウを特別視してしまっているので、気軽な友人と呼べるのはリーだけだった。


「二人ともまだまだ元気だな。素振り三百、追加するか?」

「明日もよろしくお願いします!」


揃って腰から直角に頭を下げる。

すでに千回、ひたすら木刀を振り続けた。

手は皮がめくれ血豆ができている。幼い頃から何度も潰しているので胼胝まみれ。

辛い訓練だが泣き言を吐かずに続けているのは、それが必要だとわかっているからだった。


「クロウ、リー」

「叔父上」

「リオン様!」


執務室の窓から二人の養い親であるリオンが顔を出す。

政務の合間の休息らしく、すぐ近くで文官のチェンが書類を確認していた。

新築の神殿はリオンが使っている執務棟と神官の居住棟があるだけ。まだまだ増築中である。

リオンは穏やかな笑みを浮かべながら手招きで二人を呼ぶ。


「ルオウの扱きは終わったかい?」

「はいっ!」

「リ、リオン様……」


扱きと言われルオウは困ったように眉を下げた。

修練を重ねた大人と同じ訓練を十の子供にさせるのだ。扱きと言われても仕方がない。

リオンはくすくすと笑い、袂から何かを取り出す。


「先程、柑をもらったんだ。二人でお食べ」

「ありがとうございます、リオン様!」

「おりがとうございます」


手を差し出すとちょこんと小さな柑を一つずつ乗せられた。

資源の少ないこの土地で食料は貴重だ。

定期的に外部から行商がやってくるが、魔の森真っ只中にある邑を訪れるのは数月に一度ととても少ない。森の道は狭く魔が襲ってくる為、もっと頻繁に、と要請もしづらい状況である。

一日に二食、饅頭と水を食べれれば良い方。調味料を使った包子は贅沢品だった。

もちろん瑞々しい果物も贅沢品の一つ。持ち込まれるのは塩漬けなど日持ちするよう加工されたものばかり。

二人、特にリーはキラキラした目で柑を見つめた。

都暮らしで甘味を知ってしまった。菓子も甘い果実も好物なのだ。


「食べるのは着替えてからだ」

「うん!」


二人はリオンにお辞儀をしてクロウの自室に飛んで帰った。

後姿を眺め、リオンは微笑む。


「リオン様、あれは……」

「かわいいねぇ」


リオンの横で腹心の部下であるチェンが胡乱な目で上司を見た。

甥っ子たちをからかう上司は至極楽しそうだ。


「だから結婚できないんですよ」

「できないんじゃなくて、しないんだよ」




数分後、居住区の一室から「すっぱい!!」と叫ぶ声が二つ響いた。

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