第6話「思考停止する人は、きっと搾取されるよ?」

「だって、勝ちたかったんです!」


太一(たいち)くんはうつむいて、手を硬く握りしめて、絞り出すように言いました。


「私は太一くんの親じゃあないから、お説教なんてしないよ」


恵那(えな)博士は、なるべく深刻な雰囲気にならないように言いました。


「できれば、ウソなんかつかない方がいいし、勝負のルールも破らない方がいい。だけど、あえて聞きたいのは、仮に私を騙し通せたとして、太一くんが得たモノってのは、何だい?」


「すみません。僕が悪かったです」


博士の目が、少しだけ厳しくなりました。


「謝って、思考停止をするんじゃあない。太一くん、これも学びだよ」


「どういうことですか?」


「今回の1円パチンコ勝負で賞品や賞金とかはつけてなかったね。つまり、ウソをついて勝っても、得るものなんて、そもそもなかったわけだ。そして、ウソがバレたとしたら、失うモノは信用だよ」


「博士が、僕のことを信じてくれなくなるってことですか?」


「まあ、そうだね」


気まずい沈黙が流れます。


「仮にだよ。今回の勝負結果に10万円の賞金がついていたなら、ウソをついてでも勝つ理由は出てくるね。もちろん、薦める訳じゃあないけどね」


太一くんは、卑怯なことをしてしまった気まずさから、なかなか答えることができません。


「そもそも、今回の勝負はレシートや貯玉の写真による自己申告制だからね。いくらでもイカサマはできたわけだよ。私の貯玉1万7000玉も、実は遊戯しないで、ただ玉を借りて、流しただけかもしれない」


「そうなんですか!?」


「いーや。不正はやってないよ」


博士は、太一くんに渡したパチンコ実践の紙を指差します。


「太一くん。今回のことで知ってほしいのは、ウソやルール違反はダメだと言うことと、自分の行動などに、どれくらいの意味や期待値、結果があるかってことなんだ」


「期待値ですか?」


「そう。期待値。今回で言えば、ウソをついても1円の得にもならない」


「得がある時は、ウソをついた方がいいってことですか?」


「できれば、太一くんにはウソをついて欲しくないけど、世の中には、当たり前のようにウソや不正をする人がいる。そして、そういう人は、損得勘定が鋭く発達している。そんな人に、騙されたり、不当に搾取されないように、自分も合理的な行動をできないといけないってことだ」


博士は話しながら、パチンコにおける算数の重要性を話していたつもりが、成り行きで道徳の話になってしまったな、と思いました。また、こんな問答など、パチンコをしない層からしたら、鼻であしらわれることなんじゃないかとも思いました。


それでも、博士は考え続けることを選びます。先程、太一くんにも言いましたが、思考停止こそが、パチンコや人生において、一番怖いことだからです。


「僕は、もう、博士にウソは言いません!だから、パチンコで勝てるようにしてください!」


太一くんは、博士の目を見て言いました。人の目を見て話すことが苦手な博士は、目線を外しつつ、もちろんだよ、と言いました。


「さあ、堅苦しい話はここまでにして、お茶にでもしようか。お菓子も用意してあるんだよ」


一ヶ月1円パチンコ勝負生活開始前の貯玉、焼き肉を食べる前に貯玉していた分は、お菓子や飲み物などに交換していました。


「さっき、博士が言っていた『期待値』って言うのは、どういうヤツなんですか?」


お菓子を食べながら、太一くんは聞いてきました。


「そうだね。例えば、パチスロには天井というモノがあってだね……」


ようやく算数の話などができるかな、と博士は思いました。ただ、博士は太一くんをパチプロにしたい訳ではないので、そのさじ加減は難しそうです。


約1万2000円分のお菓子は、食べても食べても、減りそうにありません。パチンコで勝つために必要なものは何か?語り合いの中で、太一くんの中のオカルトは、徐々に消えていったようです。


※焼き肉を食べる前に貯玉していた回(第2話)。

https://kakuyomu.jp/works/16816927859438375268/episodes/16816927859659822146

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