第124回 レジェンドアニメ その1

「レジェンドアニメ」は辻村深月の小説です。「ハケンアニメ」のスピンオフ作品集です。


 以前記事にしました。

「ハケンアニメ」

https://kakuyomu.jp/works/16816927859434938319/episodes/16817139554496694945


 各章ごとに完結した6作品の短編集です。


 第一章の章題は「9年前のクリスマス」です。


 ハケンアニメの中心人物三名(有科香屋子・斎藤瞳・並澤和奈)のそれぞれのクリスマスが描かれています。



 第二章の章題は「音と声の冒険」です。


 これまたハケンアニメの中心人物、王子千晴の若かりし頃が出てきますが、主人公は「五條正臣まさおみ」です。この人は音響監督です。


—―けれど、五條の目が何より吸い寄せられるもの。それは、コマ割りの絵ではなく、その横の書き込み。セリフと効果音、そして、BGМの指定と区切り。紙の端に書き込まれた音の演出部分だ。

「無音でいくの?」

「はい」—―(レジェンドアニメ P.42、P.43)


 王子が提案したのは、音を使わないという演出でした。


 たしかに、無音の演出はアニメだけではなく、映画やドラマでもたまに見かけます。登場人物達は明らかに叫んだりしているが、あえて音をカットする。場合によりスローモーションにしたり。


 私はこの演出好きですね。実際に叫んでいるよりも、よりいっそう事態の深刻さが伝わると思います。


 でも、下手をすれば放送事故との誤解も受けやすい諸刃もろはつるぎです。そこで五條はリスクヘッジとして一応別に音ありバージョンも撮っておく事を勧めました。


 これに対し、王子監督は不機嫌な表情で拒否します。若いころから俺様だったのですね。いや~彼らしくていい。


 ところが、この決断が後で大変な混乱を生じさせるのです。


—―「王子くんの回ですね。問題になったのは、やはり例の“無音”の演出ですか?」

『そう。今日、納品前に野々崎さんや局側のプロデューサーとみんなで確認したんだけど、あれはちょっとまずいんじゃないかってことになって』—―(レジェンドアニメ P.50)


 この時点の王子監督は総監督ではなく、野々崎監督が総監督でした。撮影の時に王子監督は野々崎監督の承諾を得ていると言っていましたが、実際はチェックをスルーパスしたような状況だったようです。


 更にスポンサーや局は大激怒。音声を入れざるを得なくなりました。


 野々崎監督は「ハケンアニメ」で斎藤監督がアニメ業界に入るきっかけとなったカリスマ監督です。


 それでも王子監督は局のプロデューサー相手に絶対に変えたくない、の一点張りで最後には野々崎監督に張り倒されたのだとか。


 俺様ぶりもここまで来るとすがすがしいですね。私には絶対出来ません。


—―「待ってください。アフレコ、なくても大丈夫です。追加の声は録らなくていい」

『え?』

「僕がなんとかします」—―(レジェンドアニメ P.54)


 五條の機転で追加の音声を録らずにすみました。


 時計の秒針と、心臓の鼓動を入れるというアイデアです。これなら放送事故と誤解される事もなく、スポンサー達を納得させる事が出来るでしょう。


—―「監督、他人の力を頼りなさい。監督としてなんでも一人でできるようになっておきたいという気持ちはよくわかる。ただ、僕たちはいつだって君のやりたいことの手足になる覚悟はできてる。だから君に頼ってほしい」—―(レジェンドアニメ P.65)


 結局、最終的に五條のもう一つのアイデアである、別の話数に入っていたありものの音声を重ねて使う事により、新たな音声を録らずに済ませましたが、その後パッケージ化して売り出す際には声優たちに新たにセリフを録り直しさせてもらい、入れ直しました。


 自分のこだわりよりも、普通に、当り前にわかりやすく見てもらえる事を考えて最終判断したのです。


 後日、王子監督は五條を「右も左もわからなかった俺にいろいろ教えてくれた恩人」として、数多くの音響監督候補の中から指名し、恩返しをしたのでした。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。



 次の第125回も引き続き「レジェンドアニメ」です。お楽しみに。

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