"童楼澪という少女"



 両親の顔は知らない、知っているのは執事やメイドさんの顔だけ。


 自分が少し変わった家庭で生まれたのだという自覚はあった、それでも世間には疎かった。


 生まれてこの方、家を出たことがなかった。


 玄関を通るのは庭へ行く時だけ。


 季節の変わったことを、いつも目だけで感じていた。


 家にいる人たちみんなが私に過保護になった、最初は私の体が人一倍弱いからだと思っていた。


 いや、実際にそうだった、私だってこの体を不便を感じるほど"弱い"。


 でもいつしか、その過保護は"心配"ではなく"気の毒"から来ているのだと気付いた。


 母親も父親もいない、私を気の毒に思って皆私に過保護になった。


 そのうち気付いた、恐らく両親は死んだのだと。


 


 不幸な自覚はあった、ただそれは客観的に見た場合の話であって特出して自分が不幸なわけではないと思っていた。


 母国が滅びたという人がいた。


 戦地で残酷にならざるおえなかった人がいた。


 両親を自分の手で葬った人がいた。


 私と出会った人々は皆、私より不幸だと思った。


 









 綺麗なステンドグラスから日光を取り入れる礼拝堂に並べられた長い椅子の一つにポツリと座る女性が一人いた。


 ハーパー・クラークさん、血は繋がっていない姉とロボハンさんは言っていた。



 私はクラークさんの隣に座った。




 何度か話すことはあっても、二人きりで話すということはなかった。



「——澪ちゃんはさ、ロボハンのことをどう思う?」



 口を先に開いたのはクラークさんだった。



「…ロボハンさんの…ことですか?」



「うん、怖くないのかなって」



「命の恩人ですし…初めて会った時も怖いなんて印象は持ちませんでした」


 初めて会った時、兄に連れられロボハンさんは私の部屋に"挨拶だけ"と言って訪れた。


 不思議な人だとは思った、私より少し年上の人が銃を握って命をかけて戦っていることが。


「逆さ、多く人間はロボハンのことを知れば知るほど怖がっていったものだよ、今は亡き史上最大の軍事国家"止国"の生き残り、友人も家族も全部失ったのにまだ戦い続けている」


「…少し失礼ですけど…"可哀想"と思ったことはあります」



「可哀想…か、澪ちゃんは正直だね」



 



「国も家族も友人も、全部全部失った人なんてこの世にロボハンさんしかいないと思いますから」



「私はロボハンも、澪ちゃんも、皆可哀想と思うけどね」



「私…ですか?」



「違う?失っているという観点なら君も同じでしょ」



「私は…私を不幸と思うことはありますけど、それを苦に思ったことはないです、ロボハンさんのことを考える方がずっとずっと胸が苦しくなります」




「——そう、澪ちゃんは強いね、可哀想な人同士寄り添うんじゃなくて、君はロボハンだけを不幸に思って寄り添ってあげてるのかな?」



「少しだけそんな気持ちもあります…でもその…恥ずかしいですけど、私はロボハンさんのこと、好きなので…私が一緒にいたいだけです」



 自分でも、質疑応答ができているか分からなかったが、それが"答え"。


 私の"答え"。


「澪ちゃんは、きっと誰よりも強いね」


 クラークさんはそう言うと、席を立ち上がってゆっくりと何処かへと歩いて行ってしまった。








「…そうでしょうか?」


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どろぼはん クラゾミ @KURAZOMI

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