どろぼはん

クラゾミ

小話

"ロボハンという少年"



 


 季節の変わり目に感じるのは、風の形の変化。


 肌を突くような風が冬で撫でるような風が春、飴と鞭みたいな。


 そんな風の変化を時間の経過とともにゆっくりと感じることは、最近ではなくなってしまった。


 そんな季節の経過からやってくる"先"ばかりに目を向けていた。



 "護衛"、傭兵という仕事があるのならその逆というべきか、少し違うか。


 人を殺す側だから——殺し屋?


 その逆になるだろうか。


 命を狙われてる、もしくはその可能性がある人物を護衛する、ようはボディーガードみたいな仕事を始めてから世界中を転々とした。


 風なんて飛び越えて、夏から冬へ、冬から秋へ、なんて各地を転々した。


 一年前はどこかの国の就任パレード。


 一ヶ月前はどこかの国の王族の式典。


 ようやく自分の家に帰ってきたと思えば、次の依頼はすぐにやってきた。


「どうろう…みお?」


 線の多い文字で構成された複雑な列の名前、馴染みのない字。


 童楼澪どうろうみお、国の重要人物でもない、王族でもない一人の少女の護衛。


 書類には一通り目を通したが、本当にただの少女だった。


 体が弱く、家から動くことができない一人の少女を守ってほしい、ただそれだけの依頼だった。


 期間は書かれていないが、長くなれば長くなるほど報酬は高くなると依頼主は言っていたらしい。


 別に報酬を望んでいるわけではない、ひたすら不思議に思うだけだった。


 何からその子を守ればいいのか、敵さえ不明確。


「バカだな、俺も」


 この気持ちが興味なのか、予感なのかは、分からないままだが、この依頼を引き受けてしまった。


 きっと依頼を完遂した頃には答えは出ているだろう、甘い考えだ。


 思い通りにことが進むことなんてないのだと、何度も何度も思い知らされてきたのに。



 止国しせん、今は地図に載っていない——いや、昔から地図には載っていなかったか。


 生まれ故郷、といっても今はボロボロになった建物と墓だけの国とはいえぬただの荒れた大地に成り下がった。


 季節の変わり目、最後に風をゆっくりと感じられていた場所。


 元々、その国では世界各地で起きた紛争、戦争、争いの類を片っ端から終結させる役目が課せられていた。


 難しく考えることはない、率直に言ってしまえば「喧嘩はダメ」だと子供に教える先生のようなものだ。


 それのスケール拡張版、国と国に戦争に「争いはダメ」だと叱る国、それ以外の存在意義はなかった。


 そう、最初からその国で生まれた人間には戦地に足を運ぶ以外の選択肢はなかった。


 最初から"最後"まで、俺はその国のために戦う理由を見出せなかった。


 答えは出なかった。


 最後——その国が滅びるまで。


「…」



 止国最後の生き残り、俺がそう言われるようになってからだ。


 力しかなかった俺は、テレビのヒーローに憧れた子供のように"護衛"という仕事を始めた。


 結局、その理由こたえも見つけられずにいた。


 それでも人は答えを求めてしまう、一問でもいい、答えが欲しいと。


 その答えから何か導き出せるかもしれないから——。






「童楼澪、か」



 雲しか見えないが、窓の外を見ながらそう呟いた。


 







「——ハンさん——ロボハンさん?」


 過去の残痕、夢に現れる記憶に浸っていた時に、その呼びかけが俺を掬い上げた。



「いや、すまん、寝てた」


 照明の光に目を刺されながら、瞼を開けた。


 そこにいたのは、水色のぶかぶかのシャツに身を包んだ金髪の少女——童楼澪。


「…別に構いませんけど。私もそろそろ寝るのでベッドに行こうかと」


「——俺、どんくらい寝てた?」


「二時間ちょっと…ですかね」


 あの日、俺は澪の護衛依頼を答えを求めて引き受けた。


 結論から言うと、答えは出なかった。


 答えは出なかった、得るものはあった、失ったものも大きいが、それは俺の選んだ道故。


「歯、磨いてから行く、先に行っててくれ」


「は〜い」


 答えは得られなかった、確かに求めていたものは手に入らなかったかもしれない。


 求めているものだけが、自分を幸福にするわけではない。


 自分には決して手に入らないだろうと思っていたものが、いつしか手のひらにあった。


「澪」


「はい?」


 結局、俺は何が言いたいのか。


 いや違うな、何も言うことなんてない。


「ありがとな」


 思い残しはある、答えが欲しくなる心も、失ったものへの後悔も、苦悩も。


 ただ明確に変わったことがある。


「いえ、私こそ」


 いつの間にか"今"を楽しめるようになった。



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