カジノのオーナーですが、勇者様御一行が旅立ってくれません。

長尾隆生

カジノのオーナーですが、勇者様御一行が旅立ってくれません。


「そろそろご出発なされてはいかがでしょうか?」


 カジノホールの喧騒に負けないような大声で、私は目の前に居るツンツンヘアーの青年に声をかける。


 青年と言っても未だ少年の面影を残すその横顔は、しかし今は見るものが恐怖を覚えるようなほど醜く歪んでいた。


 血走った瞳は一心不乱にくるくる回るドラムから微動だにせず、狂気的な笑みを浮かべた口は常に何かうわ言のような言葉を紡ぎ出している。

 そんな彼の耳に私の声は全く届いていないのは明白だ。


 どんなに必死に見つめても、目押し式ではなく自動で絵柄が止まる方式のこのスロットにはなんの意味もないというのに。


 その狂気の眼差しの先でまずひとつ目のドラムがガシャンという音と共に回転を止める。

 続いて二番目のドラムがゆっくりとその回転速度を落して止まると同時に、期待を煽るような効果音をスロットマシンが奏でた。


 チャララーン。


「来た! やっと来た! リーチだ!」


 私は青年から視線をスロットの方へ向けると、そこには赤い果物の絵柄が二つ揃っていた。


 彼が口にしたようにこのスロットは最低でも絵柄が三つ揃えば当たりとしてコインが排出される仕組みになっている。

 今回の絵柄はさほど高い目では無いものの、絵柄が揃えば最低でもBETしたコインの倍程度は返ってくるはずだ。


 さらに……。


「よっしゃ! キタキタァ! あと二つ来いやぁ!!」


 3つめの絵柄が揃った瞬間、彼は大きくガッツポーズし、回転する残り二つのドラムを指差しながら叫びました。

 この程度の役でこれほど興奮できるとは、ある意味こういったゲームを楽しんでいる姿としては正しいのかもしれない。


 その顔から『正気』が失われてさえ居なければですが……。


 高い役では無いとは言え、最終的に全ての絵柄が揃えば掛け金の約十七倍が排出されるはず。

 私が見ていた間だけでも相当額のコインが既にスロットマシンへ飲み込まれていった後なので、たとえ当たったとしても彼の負けは覆らないのだけれども。


「来いっ、赤いの来いっ!」


 彼が両拳を握りしめてドラムを睨みつけながら叫ぶ

 ドラムに穴でも開けそうな視線の先で回転がゆっくりと――止まった。


「あああっぁっぁっ……」


 その瞬間、悲痛な声が彼の口から溢れ落ちる。


 必死の願いも虚しく、そこに表示された絵柄は赤い果物ではなく水色のスライムだったのです。


 続いて最後のドラムが無情にも先程まで彼が切望していた赤い絵柄を表示して止まったが時既に遅し。

 せめて最後が違う絵柄であれば「仕方ない」と諦めも付くのに、無駄に当たる可能性を見せつけられたのだからたまらない。


 じゃらじゃらっ。

 

 それでも絵柄が三つまで揃ったおかげでBETした分のコイン程度は戻ってきたのがかすかに救いでしょうか。


「くっそおおっ雑魚モンスターのくせに絶対許さない! もう一回、もう一回だぁ!」


 そのコインの排出される音に正気(?)を取り戻したのか彼はツンツン頭を揺らして排出口のコインを掴み取るとそのままスロットのコイン投入口へ放り込む。


「次は倍プッシュだ!」


 そう叫ぶと更に手持ちのコイン袋から新たに九枚のコインを投入し、再びスロットレバーを勢い良く動かした。

 私はスロットが壊れやしないかとハラハラしつつ、彼の被害額が倍にならないことを祈ります。


 ああ、スロットの神よ。

 せめて彼の心に一時の安らぎを与えたまえ……と。


 しかし私の願いは神には届かなかったようです。

 そもそもスロットの神など居るのかどうかわかりませんが。


「うぉぉ、またお前かっ! スライム如きが俺の邪魔をするなぁ!」


 彼の救いはスライムによって今度も阻止された模様。


「もう許せねぇ!」


 彼は方向一番、勢い鞘から剣を抜き放ち表示された絵柄にその切っ先を向け威嚇を始めます。

 この風景も彼がこのカジノにやってきてから既に何度も目にしたものですので、今では私は驚きもしなくなってしまいました。


 本来なら即刻退店を命じるところなのですが……。


 私は彼の周りに無造作に放置されている『伝説の武具たち』を見渡すと一つため息を付いた。


 その足元に無造作に転がされた『勇者の盾』はひっくり返り、その上に無造作に放置されているのは『勇者の兜』ですね。

 暑いという理由で脱ぎ捨てられた『勇者の鎧』は時折興奮した彼によって足蹴にされてガンガンと音を奏でる道具に成り下がっています。

 あれだけの勢いで蹴られていたのに傷一つ付いていない所は、流石伝説の鎧といった所でしょうか。

 魔王の強大な魔法すらも防いだというお話は嘘ではなさそうです。


 そしてその魔王の絶対防御ですら刺し貫いたと云われる伝説の『勇者の剣』は先程からスロット台に剣先を向けられたまま。

 スライムの絵がその切っ先をニヤついた笑顔で見つめているばかり。


 その昔、魔王を討ち滅ぼしたと言われる伝説の武具たちは今、このカジノの中で誰もが思いもよらないくらいぞんざいに扱われていた。

 多分、彼を待ち受けているらしい『二代目魔王』ですら想像していないでしょう。


 私は少し通路にはみ出していた『勇者の盾』の位置を直しつつ未だ剣先をスロット台に突きつけている彼を見てまたため息をつきました。


 そう、彼こそ数年前に現れた『二代目 魔王』を討ち滅ぼすべく立ち上がった英雄の血を受け継ぎし『勇者様』であり――。


 私はその勇者様が魔王討伐をほっぽりだして絶賛入り浸り中の、この街『ラグナシオン』の目玉施設『カジノ・ラグーナ』のオーナーなのです。


「はぁ、胃が痛い」


 胃の辺りに感じる不快な痛みにため息をついていると、今度は別の所から甲高い声が聞こえてきました。


「勇者様ぁ~、これ見てぇ~」


 溜息をつくと幸せが逃げてしまうと昔誰かがそう仰ったと聞きますが、それなら私の幸せはもう既に枯渇してしまっていることでしょう。

 私がその少し舌っ足らずな甲高く幼い声の方に目を向けると、少し離れたルーレット台から小さな体でこちらに向かって大きく手を振っている可愛らしい金髪少女の姿が見えました。


 実は彼女はその幼い姿からは想像も出来ませんが、約百年前の初代魔王との戦いにもその名を残すエルフ族の『大賢者様』その人なのです。

 つまり彼女の実年齢もお察しということで。


 私は思考するだけで殺されそうなその考えを振り払い、満面の笑顔で手を振っている彼女が勇者様に声をかけた理由に思考を移します。


 どうやら大賢者様はルーレットで大穴を当てたのか、その前の台にはうず高くコインが積み上げられているのが目に入ってきました。

 魔法無効化の結界を張ってある我がカジノで魔法を使ったイカサマが出来るとは思えませんが、彼女とて伝説の大賢者様なのですから油断できません。


 一方、その笑顔を向けられている当の勇者様は――スロットと絶賛戦闘中で全く反応してませんね。

 まぁ、いつものことですが。


「むぅ~っ、もうっ、勇者様ったらぁ~」


 そんな勇者様を見て彼女はぷっくりと頬を膨らまして不満そうな表情を浮かべます。

 百歳超えのBBA……こほん、女性とは思えないくらい幼いその表情に私は『あざとい』という言葉しか浮かびません。


 そんなことを頭に思い浮かべた次の瞬間、ギロリッと少女の目が私を睨みました。

 先程までの可愛らしい表情から一変、強い殺意のこもった視線を向けられた私の体が一瞬硬直してしまったのは仕方がないことでしょう。


 まさか心の中を読まれた?


 私のポーカーフェイスは今まで一度も見破られる事は無かったというのに、さすが大賢者様とでもいいましょうか。

 出来ればその知恵と力と洞察力は魔王軍相手に発揮していただきたいものです。


 私は大賢者様の殺気から逃れるためにスッと目線をルーレット台上のコインの山に移しました。

 おや、コインの山が先程より幾分か減っているような?


 私が首をひねりつつ見ている間にも確実にコインの山が小さくなっていきます。


「お~い、勇者さまぁ~」


 大賢者様は全くそれに気がついてないようで、スロットから目を離さない勇者に声を掛け続けています。

 その間も徐々にコインの山は低くなり続け、やがて半分ほどまで減ったところでやっと大賢者様が気づいた様子。


「てめぇ! 何、人様のコイン盗んでんじゃゴラァ!」


 さっきまでの可愛らしい声は何だったのか、あらくれ者も裸足で逃げ出しそうなドスの利いた声を発し大賢者様は対面に座った男を睨みつけます。


 ディーラーも大賢者様のその豹変っぷりに顔を引きつらせているというのに、睨まれた当人は柳に風の様子でニヤニヤと口元に笑みまで浮かべているのが驚きです。

 私だったら良くて失禁、最悪心臓が止まってしまいそうな殺気なのに。


 彼は『盗賊様』でしたか、隠密行動のプロフェッショナルで勇者パーティでは主に情報収集等を担当しているそうです。

 正直『盗賊』という職業名は外聞的によろしくないと思うのですが本人はむしろ自ら積極的に広めているのだとか。


 何か意味があっての事だとは思うのですが、私にはわかりません。


 盗賊様は特殊な特技をお持ちのようで、商売柄お客様の顔や名前を覚えるのが得意な私ですら不思議なことにしばらく彼を見かけないと名前すらすぐに浮かばなくなってしまいます。

 いや、むしろ見かけないのではなく『見えない』のかもしれませんね。


「せやかて、こんだけあるんやし少し位恵んでもろても罰は当たらんやろ?」

「ああん? アタシが稼いだコインを何でお前なんぞにヤる必要あるんじゃヴォケが」

「そこはほら仲間やん? 仲間同士は助け合うてこそやろ? それに諜報活動ちゅーもんは金銭ぜにがかかるもんなんやで。 ほなサイナラ~」

「待てやゴルァ!」


 疾風の如き速さで逃げ去る盗賊様を追い、大賢者様が走っていくのを眺めて居ると「あらあら、まぁまぁ」という、おっとりとした声が勇者様の方から聞こえてきた。


「勇者さまぁ~ん♡」


 この声は『僧侶さん』ですね。


 私はゲンナリしながら振り向くと、長い黒髪を輝かせて女神のような深い笑みを浮かべた二十歳位の美女がいつの間にやら勇者様の横に立って彼に話しかけていました。

 彼女は様々な回復魔法を使いこなし、時には死者をもよみがえらせる奇跡さえ起こすと言われている世界一の回復能力者と呼ばれています。

 そんな彼女の唯一の欠点が……。


「あらあら、もうコイン使い切っちゃったの? 仕方ないわね。私のコインあげるね、ゆうくん」


 男の趣味が悪い。


 兎にも角にもダメ男に尽くすのを生きがいにしているタイプらしいのです。

 女神的な優しい心が間違った方向に発揮されているのかもしれないと陰では散々言われているとか。


「おっ、いつもありがとな。もうすぐ絶対に確実に間違いなくジャックポットが来るからな!」


 ダメ男こと勇者様は僧侶さんからコインの入った革袋を受け取ると早速スロットに投入し始めました。

 どうやらフルにBETするようです。


 そんな紐……もとい勇者様の姿を優しく慈愛に満ちた表情で見つめている僧侶さん。


 私がそんな二人の姿にドン引きしていると、後ろの方から突然怒声が響いてきました。


「ゴルァ! クソ売女! いっつもいっつもアタシの勇者様に手を出して!」


 盗賊様を追いかけて何処かに走り去ったはずの大賢者様が戻ってきた様子。

 しかし、突然罵声を浴びせられたというのに、当の僧侶さんはにこやかな笑みを浮かべたまま豊満な胸を揺らしながら振り返ると――。


「うふふ。ゆうくんは誰のものでもありませんよ」


 そう微笑み返すのでした。


 自分の罵声にいつも通りの聖女スマイルで返された『持たざる物』こと、つるぺた大賢者様は顔を真っ赤にして更に詰め寄ります。


「んだとゴルァ、ゆうくんとか馴れ馴れしすぎるんじゃヴォケ!」

「あらあら、その様な汚い言葉を使ってらっしゃるとゆうくんに嫌われちゃいますよ」

「うっさいわ! ちゃんと勇者様には聞こえないように遮音魔法は使ってあるんじゃダボがぁ!あとゆうくん言うな!」


 確かに先程から勇者様の方からまったく音が聞こえて来ない事にそう言われて初めて気が付きました。

 大賢者様の剣幕にすっかり意識がそちらの方にばかり向いてしまっていてわかりませんでしたが、これが遮音魔法なのでしょう。


 カジノ全体の音は聞こえてくる所を見ると、ピンポイントに勇者様の周りだけ覆っているのかもしれません。

 なんという凄い技術なのでしょう。

 なによりこのカジノには魔法無効化の結界が貼られているはずなのですが……術者の力量の違いということなのでしょうか。


 早急にまた対処せねばいけませんが、彼女より上位の魔法使いが居るわけもなく。


「えいっ、解除っ」


 僧侶さんがニコニコしながら指をくるりと回すと途端に大賢者様が口を閉じます。

 どうやら僧侶さんが大賢者様の施した遮音魔法を解除されたようですね。


 途端に後ろから勇者様の「ぐわーっ! またスライムぅぅぅぅぅぅぅ」という悲痛な叫び声が聞こえてきました。

 このままでスロットマシンが勇者様に一刀両断される日も近いのではないでしょうか?

 彼専用のヒヒロイカネで作ったスロットマシンの必要性を感じます。


「おイタはダメですよ。 めっ!」


 僧侶さんが子供を叱るような優しくも厳しい声音で大賢者様をたしなめます。

 しかし魔法無効化結界すら無視した力を更に消去させるとはなんという奇跡か。


 途端に口ごもり、文字通り「ぐぬぬ」といった悔しそうな表情で僧侶さんを睨みつける大賢者様。

 毎日のように喧嘩をしては結局負けるのは大賢者様の方なんですが。

 大いなる賢き者とは一体……。


 一方、当の勇者様といえば先程僧侶さんから受け取ったコインを湯水のようにスロットに投入していて、そんな女の戦いには全く気がついていない模様。

 僧侶さんには是非こちらの子供の『おイタ』も叱って欲しいものです。


 私はそんな三人を見ながら本日何度目かの溜息をつくと『もう付き合いきれない』とその場を後にし、疲れ切った神経を解きほぐすため店の外に出ました。


 目の前に広がる大海原の波音で疲弊した心を癒し、鼻孔に広がる潮の香りを感じながら先程出てきたばかりの店を振り返る。


<<CASINO LAGUNA>>


 魔道具で闇の中でも燦然と光輝いているその看板を見ながら私は心の底から願ったのでした。




『はぁ……勇者様たち、早く魔王退治に出発してくれないかな』


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カジノのオーナーですが、勇者様御一行が旅立ってくれません。 長尾隆生 @takakun

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