それぞれの決意
空高く一直線に伸びる長い長い階段。
高低差の激しいこの国では階段はあちこちに設置されているーーしかしこんな頂上の見えないほどのものなんて、ここにしかない。
そんな過酷な階段を、サラは登っている。追い風な分、少しは楽なはずだが、登り始めてだいぶ経つ今、サラの顔は険しいものだ。
「頂上はまだなの? どれだけ登らせれば気が済むのよ」
サラの口から文句が溢れ出てくるのも当たり前なのだ。下を振り返ってみても、石像のあるあの建物の影も形も見えないのだから。そんな高さまで来ておきながら、未だに頂上は見えない。
すると、風に身を任せ優雅に飛行するピピが階段の先の方を指差して元気な声で言った。
「あっ! サラ、何か見えて来たよ!」
腰に手を当て、一段一段登って行くサラがその先を目で追うと、階段の横に併設された踊り場があった。それは丸い屋根が数本の細い柱で支えられている。まるで鳥かごのような形だ。
「す、少し休憩したい……」
若干息を切らしてそう言ったサラは、また一段と登って行く。
踊り場には、どうやら先客がいたようだ。人がベンチに座っているのが見える。
二人が近づいて行くと、サラと少し似た色の髪が風に揺れていた……
「「ルカ!?」」
驚きのあまり、サラとピピの声が重なった。
二人の大きな声に、ルカは肩をビクッと震わせた。ルカはベンチに座りながら寝ていたのだ。
「びっくりしたー……おお、やっと来たか二人とも。待ちくたびれたぞ」
目を擦りながら二人を見上げてそう言うルカに、サラとピピは困惑しているようだ。
「どうしてここにいるの!?」
「見送りに来たの!?」
サラとピピが順番に尋ねると、ルカは欠伸をしながら答えた。
「俺も行くよ、一緒に」
その言葉を聞くが否や、サラはルカの正面のベンチにドスッと腰を下ろした。
「ねえ、寝ぼけてるの? 一緒に行くって、それがどう言うことか分かってるの?」
「ああ、分かってるよ? 地上へ行くんだろう? 二人がいつ出発するか分からないから、朝からずっと待ってたのによ。全然来ないし、眠くなっちまってよ」
「もう! そうじゃなくて! 昨日ルカ、自分で言ってたよね!? それが法を破る行為だって!」
声を荒げて言うサラの言葉に、ルカは平然と答える。
「それでもサラは行くんだろう? なら、俺も行く」
「そ、そうだけど! ……ルカは関係ないじゃない!」
サラの言葉に、ルカは胸に手を当てた。
「サラ、お前……ひどいこと言うなあ。心臓に刺さったぞ、その言葉」
「だってそうじゃない……私のブレスレットなんだし……」
眉を少し下げて、小さな声でサラがそう言うと、ピピがルカの横にちょこんと座った。
「ルカ、サラはね、ルカを巻き込みたくないのよ。法を破ったら、お城の牢屋行き。人間に魔法や、この国のことを知られたら追放なんでしょ?」
ルカは少し間を開けて口を開いた。
「……俺、昨日二人と別れたあと、考えたんだよ。ピピの言う通り、最悪、追放になる。まして、俺たちは誓いの儀をしてない。と、なるとバレたら牢屋行きは確定だ。……だけど、昨日のサラの言葉に迷いは見えなかった。自分自身の可能性を信じて、目標目掛けて何が何でも突き進んでいく。そんなサラを改めて、すごいと思ったんだ。……俺はさ、自分の可能性を信じられないんだよ。考えて考えてって、ただそれだけ。これが俺なんだ、俺には無理だって、いつも限界を決めつけて諦める。……そんな俺でも、サラの近くにいれば変われるんじゃないかって思うんだ」
微かに声を震わせるルカに、サラは彼の決意を感じとった。しかし、それでもサラは強い口調で言う。
「なら、なおさら一緒に来ちゃダメじゃない! 門が閉まる前に帰ってくる……でも間に合わなかったら!? 牢屋の中でも、希望を持てるって言うの!? ルカ自身の可能性は、狭い檻の外に広がってるというのに!?」
強く吹いた冷たい風が、サラとルカの似たような色の髪を掬った。広い空には自由に泳ぐ雲が漂っているのだ。
ルカは暗い顔をして俯いてしまった。
ピピがサラに向かって「強く言いすぎじゃないの?」 と言う声は、横に座るルカの耳に届いているのだろうか。
次第にブツブツと何かを呟きだしたルカ。俯いていて口元がよく見えない。サラはそのルカの頭の上から声を掛けた。
「私たちはもう行くわ。それと、昨日家まで運んでくれてありがとう。帰ってきたら、お礼に何かご馳走させて」
腰を上げ、ルカに背を向けて歩き出すサラは、振り返らずに一段、また一段と長い階段を登っていく。
ピピはため息を吐くと、ルカを
「もう、サラってば。ルカ、落ち込んじゃったよ」
「だってしょうがないじゃない……私の近くにいても変わるものじゃないし、ただ私の真似をすれば良いってもんじゃないのよ。それに、感化させた私が言うのも何だけど……私には責任が持てないもの。とにかく……! ルカ自身がどうなりたいのかって考えて進む道は、ルカにしか歩けないの! 共犯者じゃなくて、主犯になるくらいの覚悟が見えなきゃ、一緒に行くことはできないのよ! 人間界へは!」
サラはそう言いながら、ズイズイと足を進めていく。
少しすると、下の方から何やらテンポの良い音が聞こえてくる。その音は、サラの横を通り過ぎ数段上で止まった。ルカが駆け上がってきたのだ。
ルカは振り返り、息を切らしながら言葉を並べた。
「……昔、初めてパレードで騎士を見た時に、ジワジワと胸が熱くなっていくのを感じたんだ……カッコいい、騎士のことをもっと知りたいって思った。でも徐々に、どうしたら騎士になれるのか、とか、どうすれば翼は大きくなるんだろう、そんなことを考えるようになったんだ。この通り、昔から俺の翼は小さいから……でも、いくら調べても、翼の成長は人それぞれだとか、そんなことしかわからない。……じゃあなんだ、俺にはあんな立派な翼は似合わない、騎士にはなれないって言うのか? 理想が膨らむに連れ現実を突き付けられるんだ。それが苦しくって苦しくって……だから理想なんて、夢なんて持たなければ良いんだ。俺はただの騎士マニアでいようって、そう思ってた。……でも、もし、可能性を信じて良いのなら……俺は、騎士になりたい……とまでは今はまだ言い切れない……けど! 騎士のことをもっと知れば、騎士隊長と同じ文字が彫ってあるサラのブレスレットを追っていけば、近づける気がするから。……俺の可能性がどこまで広がっているのかは想像できない……想像するのが怖いけど……今ここで行動しなきゃ、俺はいつまで経っても、自分をダメな奴だと思い込んだままだと思うんだ。だから……」
ルカは息を整えるように、大きく吐き出し、そしてスーッと吸った。
「お礼はいらない。サラの許可もいらない。俺がそうしたいだけだから」
ルカの力強い瞳が、陽の光で明るい黄色に染まっている。その瞳が見据えるのはサラなのか、それとも自身の可能性なのか……
空の門へ向かってこの長い階段を登って行くルカの背中は、これまでより少し大きく見える気がしたサラだった。
サラはそんなルカの後ろ姿を見上げて口を開く。
「なんか、ルカってすごいね。ちゃんと自分と向き合ってる。自分自身の事をよく理解してる……」
「サラだってそうでしょ? サラは意思が明確。それって自分の気持ちを理解してるってことじゃないの?」
ルカの後を追うように階段を登りだしたサラは、ピピに儚い笑みを向けた。
「私は違うかな……」
「違う? どうして?」
ピピの純粋な瞳が、ただ前を見据えるサラの笑みを消した。
「向き合ってなんかない。自分の気持ちを理解できているのはミレーヌの言葉があるから。前に進まなきゃ、不安や寂しさでどうにかなりそうだから……私はそれを隠すために行動しているだけだもの。ルカは私に迷いがないって言ったけど、そんなことないのよ。今だって、大迷宮の中で勇気振り絞って足掻いているだけ。それもミレーヌのおかげなんだけどね」
「……そうだね。ちゃんと帰ってこようね」
ピピもまた、まだ見えない空の門を見据えて言った。
サラはピピの言葉に頷くと、足を踏み締めて一段づつ登っていく。
(ミレーヌ、ごめんなさい。本当のことを言ったら、いくらミレーヌでも止めると思うから……。配慮する気持ちは忘れてない。だけど、私は行きます。笑顔でただいまと言えるように)
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