薔薇の棘と共に

「ーーサラ起きてよ。時間ないよ」

 明るい部屋の中、陽の光が当たるサラのベットに向けて発せられたピピの言葉は、まるでベットの上の掛け布団を動かす魔法のようだ。否、ピピは魔法は使えないので、そんなことはなく……布団が動くのはサラがモゾモゾと動いているからである。

「んん……おはよう、ピピ」

「やっと起きた。それに、おはようじゃないわよ。もうお昼よ。地上へ行くんでしょう? 早くしないと帰って来る以前に、行けなくなっちゃうわよ」

 布団の動きが止まったーーと思ったら、サラは勢いよく布団を剥いだ。

「えっ!? 今何時!? 私、あの後どうしたっけ!? って、それよりも準備しなきゃ!」

 サラは頭の整理ができないまま、素早い動きで支度に取り掛かった。ああでもないこうでもないと、口から溢れ出る文句を添えて。

「どうしてもっと早く起こしてくれなかったのよ、ピピ!」

「私は何回も声を掛けたわよ! ミレーヌだって起こしに来たし、それでも起きなかったのはサラでしょう!?」

 準備万端と言わんばかりに仁王立ちでそう言うピピの言葉に、サラの動きが停止した。

「あっ! ミレーヌ! なんて言おう……」

「魔法を使いすぎて寝込んでるって言ったら、お店の手伝いは今日はいいって」

「そう、それなら後は出かける口実だけね! なんとかなりそう。ありがとうピピ!」

 再生ボタンから二倍速ボタンへ、シフトチェンジしたサラの切り替える様とそれからの動きは凄まじく早かったのだった……

「支度終わった? もう行く?」

 サラの様子をオルゴールの淵に座り足をブラブラさせて眺めていたピピは、待ちくたびれているのだ。

「後少し待って!」

 サラはそう言うと、部屋のドアを開けリビングへ降りて行った。

 しばらくして部屋に戻ってきたサラの手には、黄色のリボンが巻かれている小瓶が握られている。サラはそれを斜めがけのバックにしまい、お気に入りのコートに腕を通した。

「よし! 準備完了! お待たせピピ!」


* * *


 サラがリビングからお店へと繋がる扉を開けると、お客さんの対応をしているミレーヌの姿が見えた。

 サラはその様子を見届け、対応を終えたミレーヌに声を掛けた。

「おはよう、ミレーヌ」

「あら、遅いおはようね。身体はもう良いの?」

 ミレーヌはにこやかに微笑んでいる。

「うん、もう平気」

 サラはそう言うと、小さく深呼吸をした。

「私、行かなきゃいけないところがあるの。帰りは遅くなると思うけど、心配しないで。必ず帰ってくるから」

 キョトンとした表情のミレーヌの瞳に映るのは、決意を露わにしたサラの顔。

「……行かなきゃいけないところねえ。そんなに改まって言われると、どこへ行くのか気になるのだけど……」

 サラとピピが、ゴクリと息を飲む音が微かに聞こえた。

「まあ、良いわ。帰ってきたら、お土産話を聞かせてちょうだいね」

 ミレーヌはニコッと笑顔を見せた。

 ミレーヌはサラが決めたことには口を挟まないのだ。してはいけない事には、口うるさく説教するのだが……サラを信じている分、彼女がこれから法を犯そうとしていることなんて思いもしていないのだろう。

 サラはそれを利用したのである。

「気を付けて、行ってらっしゃい」

 優しいミレーヌの笑みに、サラはチクチクと薔薇いばらの棘が絡みつくような胸の痛みを感じながら言うのだった。

「行って来ます!」

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