ルカの戸惑い
噴水広場から西側、国の外れに続く道を歩くサラとピピとルカの三人。
オレンジ色の陽の光に包まれた外の空気は、一段と寒さを増していた。
サラはその寒さから体を守るように自身の両腕を交差し、摩りながら歩いている。
「ルカは来なくても良かったのに」
「いいだろ、別に。俺だってブレスレットの行方が知りたいんだよ。あれには騎士隊長と同じ古代文字が書いてあるんだろ。だから騎士マニアとしてはほっとけないのさ」
ルカは腕を組みながら頷くと、「な? ピピ」 と、ピピに顔を向けた。
「ええ、リベス様のあの翼に包まれながらだと素敵な夢が見れそうよね」
ピピはリベスの姿が忘れられないのか、まさに夢見心地といった表情だ。
ルカは「おい、何の話をしてるんだよ」 と薄ら笑いを浮かべると、続けて言った。
「まあでも、その気持ち、分からなくもないな。あの艶のあるデカい翼……本当にカッコイイぜ! ああ、俺もそんな風に生まれたかったー!」
そう叫んだルカの声には、尊敬と、羨ましいというような気持ちが含まれているに違いない。
ルカの背中に生えている翼は、サラのより一回り大きいのだが、それはサラの翼が極端に小さいからであって、この国ではルカのそれも小さいと言われる大きさなのだ。
「そんな生まれ変わったら、みたいに考えなくても、ルカの翼はまだ成長段階なんでしょう? サラの翼が大きくなったら、リベス様の役がサラで、私はその翼に包まれて寝るの。そしてリベス様の夢を見るの!」
ピピの中ではもう決定事項らしい。
「あの騎士隊長の役をやるのは嫌よ。でも、成長した私の翼はきっと、あの人のよりも大きくてフワフワで、寝ごごち最高よ!」
人間界で言うところの、羽毛布団のようだとは知らないサラとピピである。
そんな二人の会話を、驚いた顔で聞いていたルカは言う。
「おいおい、まだそんなこと言ってるのか。もう、翼が成長するだなんて期待しないほうが自分の為だぞ」
「ちょっとルカ! 何よそれ。いくら幼馴染だとは言え失礼よ!」
ピピは夢を諦めろと言われたことになのか、サラに対する侮辱のような言い方に対してなのか定かではないが、怒っていることには変わりない。
そんなピピとは反対に黙り込んでいるサラ。ピピに「サラも何か言い返しなさいよ」 と言われるが、サラは口を開かない。
すると、ピピはしびれを切らしたようにルカに向かって怒鳴った。
「ルカ! なんでそんなこと言うのよ!」
「だって俺たちはもうすぐ十八歳になるんだぞ! リベス隊長と同じくらいなんて言わないけど、短期間で大きく成長するならもうとっくに立派になってるっつーの! 期待したところで、後で落ち込むのは分かりきったことなんだよ」
ルカの普段の優しい雰囲気からは想像できないほどの荒い口調だ。それは、諦めのつかない願望に彼自身も戸惑っているように伺える。
だがピピは、そんなルカにもしつこく食い下がっていく。
「歳と翼に何の関係があるって言うのよ!」
「サラも知ってるだろう!? 俺たち空の国の人は翼を持って生まれてくるけど、十八歳になると成長が止まること!」
ルカのこの言葉に、ようやくサラの口が開いた。
「ええ、知ってるわ。だけどまだ時間はある。私とルカの誕生日まで後、八ヶ月とちょっと。私は期待しないでいるより、私自身のこの翼を信じる方を選ぶわ。最終的に落ち込むことになっても、後悔はないもの」
サラの真の通った声と覚悟ある眼差しに、ルカは口を噤むことしかできないようだ。
この世に生を受ける前、お母さんのお腹の中にいる時から自身の体の一部として授かる翼は、十八歳の誕生日を迎えると、そこで成長が止まる。つまり、十七歳の最終日までが翼の成長期限なのだ。これは言い伝えではなく、事実であることは国の研究で証明されている。
また翼は、別名『魔力貯蔵庫』 と呼ばれており、魔法を操る空の国の人々にとって、とても重要な役割を担っている。通常、魔法は体内の魔力を言葉に乗せて発動するもので、その魔力を貯めておくところが『翼』 なのだ。
その人の翼の大きさで魔力量が決まる、と言っても過言ではない。一部、サラのような例外を除くが……
小さな翼ながら魔法を得意とするサラは、国で唯一、自然魔力を操り魔法を発動する。だが魔法発動後、サラは人一倍疲れやすく、一日に使える魔法の回数が他の人より限られてくるのだ。もちろん、体内の魔力を使い果たしたら疲れて寝込むことになるが、サラの比ではないだろう。自分自身の魔力を使えるのなら、好きな魔法をとことん追求できる。そしてサラの翼にはまだ、成長できる時間が残っている。だから時間ある限り信じていたい、とサラは思うのだ。
加えて、翼の大きさは遺伝によるものではないと言うことも証明されている。
ルカの両親は国民の平均以上の大きさの翼の持ち主だ。お父さんは騎士候補と謳われていたほどなのだから。それもあって、ルカは騎士に憧れているんだろう。だが現実主義者であるルカは、可能性の低いことに諦めてしまいがちなのだ。
「あの……ごめんなさい、二人とも。私、知らなかったの」
ピピの先程までの怒りは、真相という竜巻によってどこかへ吹き飛ばされてしまった。血の気の引いたピピの表情は、申し訳なさでいっぱいだ。
するとルカは、そのピピの表情に動揺を見せた。
「あ、いや、俺も怒鳴って悪かったよ……」
サラも「ピピは悪くないわよ」 と、優しく微笑んでいる。
「だけどサラ……私さっきサラにきついこと言ってしまったわ。悪気はなかったの、本当にごめんなさい。」
ピピに言う『さっき』 とは、カフェに行く前のケンカのことだろう。
サラは首を横に振って言った。
「私こそごめんね。ピピが謝ることないわ。あれは私がいけないんだもの。私が先に謝るべきだったのに、ごめんなさいピピ」
普段、言い合いをしてばっかのサラとピピだが、本音を言える関係だからこそ。素直に謝れるのも、二人はお互いを尊重し合っているからであるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます