パレードの意義

 空の門は、このエルナミューレ王国の最南端に位置する。

 騎士たちはお城から広場に降りると、まっすぐ商店街を進み、長い長い階段を登って空の門へと向かうのだ。

「パレードの意義? リベス様がどうして空の門へ行くの? だって門は閉まっているんでしょう?」

 ピピはサラに確認するように顔を向けた。

「うん、昔は開いていたみたいだけど、今は閉ざされているはずよ。あの人は空の門へ何をしに行ったの?」

 サラは騎士に興味があるのではない。あの『ブレスレットを身に付けている騎士隊長』 に、興味があるのだ。

 するとルカは「二人とも、それでよくこの国の国民を名乗れるよな」 と、ため息まじりに言うと、サラを指差した。

「じゃあ、空の門とは何か。はい、サラ」

「……空の門は、国の玄関みたいなもの? 人間界と空の国を繋ぐものだとも言われているわね」

 サラがそう言うと、ルカは首を縦に二回振った。

「そう、騎士たちは人間界へ行くんだ。さて、それはなぜだか分かるかな? ピピくん」

 ルカは今度、ピピに指を向けた。

「ええー、どうして? 地上の人間に何かするの? 怖いこと? でもリベス様のことだから、きっと良いことよね!?」

 ついさっき名前を知ったと言うのに、ピピのリベスに対する信頼はどこから来るのか……恋とはそう言うものである。

「うーん、正解とは言えないな。では次の問題。俺とサラにはできて、地上の人間にはできないことは?」

 ルカは二人を交互に見た。サラとピピはすぐわかったようで、飲み込み顔だ。

「魔法ね!」

 サラとピピの弾む声が重なった。

「大正解! 騎士たちが空の門に行くのは、地上の人間たちの願いを叶えに行くためさ。お城の騎士はすごい魔法の使い手だからな! このパレードは、国の代表として選抜された騎士団のお披露目でもあり、地上へ向かう騎士たちを応援するためのものなんだ」

 ルカは自慢げにそう言った。ルカは鼻を高くして語るほど騎士に憧れているのである。

「リベス様がとても寛大なお方であるのはすっごく素敵なんだけど、どうして人間たちの願いを叶えるの?」

 だがピピの可愛らしい声によって、ルカのその得意げな顔が崩れていく。

「それは……俺も知らない。空の国ができてから、ずっと続いてきた歴史ある行事らしいからな、深く考えたことなかった……」

「ちょっと待って。大事な部分が抜けてるわ。空の門は閉ざされているのよ。どうやって人間界へ行くと言うの?」

 眉を顰めるサラに、ルカはため息まじりに言う。

「おいおい、サラ。鈍すぎだぞ。空の門じゃなきゃ、人間界へは行けないだろう。今日と明日だけは、空の門が開かれるんだよ。騎士たちは明日、人間界から帰ってくるのさ」

「へっ? 今日って、空の門開いてるの?」

 空の門は開いていないとばかり思っていたサラは、拍子抜けだ。それもそうだろう。空の門はここよりも高い雲の上にあるのだから、長い長い階段を登らなければ、影も形も見えない。幼い頃から「門は閉まっている」 と、聞かされていれば、興味のないことに無関心なサラが、先入観に囚われるのも無理はない。

「あのなあ……」

 ルカは何か言いかけたが、もう、呆れるのを諦めたようだ。それはそれは優しい口調で諦観の笑みを浮かべだした。

「今日、寒いと思わないか?」

「んーん、そんなに寒くないわよ?」

「ピピはね……私はさっき、氷漬けされてるみたいに寒かったわ」

 サラは氷漬けにされたことはないが、それほどまでに感じたのだろう。

「そうだろ? 毎年、二日間だけ気候がおかしくなるのは変だと思うだろ? ……お、思う、よな?」

 ルカは分からなくなっていた。サラにはどれだけ自分の常識が通じるものなのかと。

「思うわよ! そのくらいの常識は持ってるわ! それで!?」

「良かった……空の門は人間界に繋がるものだって言ったよな? 門が開くのは、パレードが行われる、十二月二十四日と二十五日。この時期、人間界はとても寒くなるそうで、その空気が門を通じてこの国に流れ込んで来るんだと。……納得して頂けただろうか」

 ルカは疲労困憊といった様子だ。

 サラがカフェに向かう途中で零していた文句は、空の門が開いているという証拠だった。

 普段の空の国の気候は、人間界で言うならば、春の暖かな気温に秋の心地好いそよ風で、とても快適に過ごせるのだが、今日は寒波襲来。門が開いたことで、一気に冬へと季節が変化していた。

「そう言うことだったの……私、何にも知らずに生きてきたのね。なんか、すごく損した気分……」

 サラは椅子の背もたれにポスッと、倒れた。

「サラは周りに興味が無さ過ぎなんだよ。興味があることには徹底してるんだけどな。魔法とか、ブレスレットとか」

 ルカはそう言うと、すっかり冷めきってしまったミルクティーを飲み干した。サラとピピの質問攻めにあったせいで、喉がカラカラのようだ。

 するとピピが目を見開いて、アワアワと口を動かし始めた。

「サラサラサラサラ!!! 私、すーっかり忘れていたんだけど、ブレスレットのこと!」

 サラはビクッと体を震わせた。

「びっくりした! うん、そうだろうと思ってたよ」

 サラは「チーズパスタとあの隊長に夢中だったものね」 とクスッと笑い、続けて言った。

「レジで店員さんに聞いてみたんだけど、ブレスレットの落とし物はないみたい。お腹も空いていたし、食べ終わったら他の場所を探しに行こうと思ってたんだけど、だいぶ長居しちゃったわね」

 気付けばもう日が落ち始めている。パレードも終盤。最後の騎士団が広場を通り過ぎようとしていた。

「じゃあ、急いで図書館へ行きましょう! 暗くなる前にあの森を脱出しなくちゃ!」

 そう言うピピはリベス以外の騎士には興味がないようだ。そそくさと人混みをかき分けて、「ここからなら通れるわ! サラ早く!」 と、手招きをしている。

「ちょ、ちょっと待てよピピ! 俺も行く!」

「もう、そんな急かさないでよ」 と、小走りでピピに駆け寄っていくサラには、知る由もなかったのだ。

 この時、お城の小窓から向けられていた視線になど……

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