ハートの眼差しと騎士隊長の証
毎年、十二月の二十四日になると、空の国ではいわばお祭りのように盛大なパレードが二十五日にかけて行われる。二日間に渡って国中の人々がお城の騎士たちを祭り上げるのだ。
今日がその日である。
「……騎士様!? 騎士様がここを通るの!?」
パスタに夢中になっていたピピの耳には、『騎士』 という単語は、ワンテンポ遅れて届いたようだ。
「おうピピ! ピピは騎士に興味あるのか!」
「ええ、それはもう興味ありありよ! だってカッコイイもの!」
ピピは今の今までパスタに向けていたキラキラな目と同じくらいの輝きで、騎士のことを語り出した。ピピにとって、食と恋は同等の最大価値なのだ。
騎士の話で盛り上がっているピピとルカをそっちのけで、黙々と食事をするサラ。
サラは興味がないことには基本無関心だ。サラが今日このカフェに来た理由も、ブレスレットを探すためであって、騎士たちのパレードを見に来たわけではないのだから。
そんなサラは以前、何度か騎士と会ったことがある。
ミレーヌの用事でサラとピピは度々、城を訪れたことがあるのだが、元女王であるミレーヌは例外として、一般の人は事前に申し出をして審査を受けなければならないため、城の中には入ったことがない。
その日も、サラとピピがお城の門の前でミレーヌを待っていると、そこから出てきた数名の騎士とすれ違った。その騎士たちは、サラをジロジロと見てはサラには聞こえないように小声で何かを話しだす。その後、その騎士たちがサラに向けたのは好意とはかけ離れた眼差し。サラは知っていた。それが、見下したような敵意のある軽蔑視であることを。『ミレーヌ様』 と暮らす、『何処の馬の骨かも分からない娘』。それが自分自身であることも。
その眼差しに対してショックなど受けないサラであったが、不愉快なのは当たり前である。だが、いちいちその不快感を露わにしていては自身が疲れてしまう。なのでサラは、騎士に対して興味を持たないことが一番だ、という結論にたどり着いたのであった。
ピピはまた別の事情で興味津々なのだ。それはピピの恋の話……ある一人の騎士に一目惚れしたんだとか。
(そういえばミレーヌの今朝の用事……パレード関連でお城に呼ばれている、と昨日言っていたわね)
サラが食事の傍、そんなことを思っていると、カフェに居る人のみならず、いつの間にか目の前の広場に集まった大勢の人たちがザワザワと騒ぎ出した。
次の瞬間ーー
「キャァーーーー!!!!!!」
その声のほとんどは女性の黄色い歓声。中には「ウォー!」 と言った野太い男性の声も聞こえる。
「何!? 何が起こったの!?」
いきなり爆発が起こったかのような、爆音にも似た歓声に、サラは状況が飲み込めていない。ピピもまた、両耳を押さえて挙動不審になっている。
「あれだよ、あれ! お城から騎士たちが出てきたんだよ!」
ルカは興奮を抑えられないと言った様子で、指差した。
サラとピピがそのルカの指の先を目で追うと、噴水広場の向こう側、お城の門から騎士たちが隊長を筆頭に、二列に並び広場に向かって歩いてきていた。
噴水広場が国の中心地とされているのは、女王様の居る城がそこにあるからである。城から大きな門をくぐり抜け、長い階段を下り、噴水広場へと続くのだ。そこから噴水広場を中心として四方向に道が伸びている。北側は城。東側には住宅街。西側は国の外れに続く道。南側には商店街が建ち並んでいる。
西側と南側の分かれ道の角に位置するこのカフェは、パレードを見るにはまさに絶景のポイントだ。お城から出てくる騎士たちがよく見える。張り切って場所取りをしたであろうルカの様子が容易く想像できる。
「あっ! あのお方は!」
ピピは一番先頭を歩く騎士を見て、目がハートになっている。一目惚れの相手はこの騎士なのだろう。
「あの人は一番隊のリベス隊長さ。パレードに出る騎士は、国のお偉いさんたちの選抜で決まるんだけど、その一番隊の隊長を、十九年間任されてきたんだ。史上最年少タイ記録の、二十四歳の若さで任命されたんだって!」
「あのお方は、リベス様と言うのね! 名前までカッコイイなんて……罪なお方だわ……」
カリスマ性を感じずにはいられない、リベスのその威厳溢れる歩く姿勢に、ピピだけではなく集まった観衆も皆、見惚れている。
……サラを除いては。
「ルカ、すごい詳しいのね。私、ルカがそんなに騎士に憧れていたなんて知らなかったわ」
サラはまだほんのりと暖かいジャスミンティーを口に含んだ。
「知らなかった、じゃないだろう。俺は昔から騎士の話をしてたのに、興味なさそうに聞かなかったのはどこの誰だ。今、目の前で平然と俺のポテトを食べようとしているサラじゃないか」
ポテトを口に運ぶサラに、ルカは呆れた口調で「まったく……」 と、溜め息をついた。
「また違う騎士たちが出てきたわよ」
サラの口調は、ただ目に留まったことを言葉にしただけの、お手本のような棒読みだ。
「あれは二番隊だな。隊は七つに分けられているんだ。どの隊の騎士も本っ当にカッコいいんだよ。翼も、俺のとは比べ物にならないくらいデカくて……憧れるよなー!」
ちょうどその時、サラたちの周りにいる観衆の声がより一層大きくなった。
「サラ、見て見て! リベス様よ! こんな近くでお目にかかれるなんて!」
噴水広場に降り立ったリベス率いる一番隊が、サラたちの真横を通り過ぎ南側に歩いていく。
間近で見る騎士たちの、陽の光に反射し繊細に煌めく白い翼は、サラを余裕で飲み込んでしまいそうな程大きいものだ。
「えっ、光った……!? あのブレスレットは……」
歩くたびにその翼から垣間見えるリベスの手首に、サラの目線は釘付けになった。
(今、ブレスレットが七色に見えた。それに、私のブレスレットとは形が違うけど、あの刻印された文字のデザイン……私のと一緒? ……良く見えないわ)
サラのブレスレットに刻印された<D.A> の文字。それはサラが図書館に通い詰め、最近ようやく解読できた、空の国の古代文字だった。リベスの身につけているブレスレットにも、同じ古代文字が刻印されていた。だがなんと書いてあるのかまでは、サラは見えなかったようだ。
サラの見つけた本によると、古代文字は百年以上も前に使われなくなったそうだ。だからそんな珍しいデザインの文字が刻印されているブレスレットが、サラはとても気になったのだ。
「ブレスレット? ああ、リベス隊長が身につけてるやつか?」
ルカはサラの呟きを拾い上げるように反応した。
リベスが身に付けているブレスレットは、銀色の平たい板を丸く折り曲げたものだ。それが手首にスッポリとはめられている。
ルカのなんてことないような物言いに、サラは思わず声を張り上げる。
「えっ! ルカ知ってるの!?」
「知ってるも何も、騎士隊長の証なんだよあれは」
ルカはまるで何を言っているんだ、常識だぞ、というような口振りだ。だがサラは騎士に関しての常識など持ち合わせてはいない。
「じゃ、じゃあ、あの文字は? ブレスレットの真ん中に彫ってあった古代文字!」
サラは必死だ。
ルカはそんなサラの様子に目を丸くしている。ルカの話にサラがこれ程までに興味を持ったことがないからであろう。
「隊長に任命されると、自分の名前が刻印されたブレスレットを渡されるんだよ。名誉の証として」
あれは古代文字だったのか、と、ルカはまた一つ騎士のことを知れて嬉しそうだ。
「名前が刻印されたブレスレット……」
サラは何かを確認するように復唱した。
(あの隊長が身に付けていたブレスレット……確かに私の物とは形が違う。だけどさっき見たとき、太陽の光に反射して七色の淡い輝きを纏った……私のと一緒だわ。それに古代文字だって……もしかして、元々はあの隊長と同じ形だった? 何かの拍子で壊れて、文字のところだけをチェーンで繋いだ、とか? ……そう考えると、今どき珍しい古代文字が、どうして私のブレスレットに彫ってあるのかが明確になるわ)
サラがぬるいティーカップを両手で囲いながら考え込んでいると、ルカの無邪気な声が聞こえてきた。
「そういえばサラの持ってるブレスレットにもあの文字彫ってあったよな! 見せてくれよ!」
「……」
サラは無言で左腕をルカの前に突き出した。
「おいっ、どうしたんだ? いつも外さなかったじゃないか。珍しく忘れてきたのか?」
ルカは動揺している。サラがブレスレットをしていないところなんて、見たことがなかったからだ。
「……どこかに落としたみたい。今日ここに来たのはブレスレットを探すためなのよ」
サラの口調は強い決意そのものだ。ここに来る前のサラではない。どんな困難だって跳ね除けてしまいそうな目をしている。
「はあ!? 落とした!? 失くしたのか!? お父さんのブレスレットだろ!?」
「そうよ! 私のお父さんのブレスレットよ! だから見つけ出さなきゃいけないの! もう、大きな声出さないでよ!」
そう、サラが失くしたあのブレスレットは、名前も素性も知らない、サラのお父さんのブレスレット。ミレーヌによれば、サラのお父さんが彼女に託したらしい。
両親について何も知らないサラにとっては、唯一のお父さんとの繋がりなのだ。また、両親のことを知りたいと思うサラにとっての、お父さんに繋がる唯一の手掛かりでもあった。その大事なブレスレットを失くしてしまったのだ。
「何をそんなに騒いでいるのよ、二人とも。それより、リベス様がもう見えなくなってしまったの! ああ、私のリベス様……どこへ行ったのリベス様ー!!」
ピピは、サラとルカが話している間も、ずっとリベスにハートの眼差しを向けていたらしい。手を伸ばし芝居掛かったように泣き崩れている。
すると、驚き半ば呆れ口調でルカは言う。
「サラもピピも、本当に何も知らないんだな。リベス隊長は空の門へ向かったんだよ。それがこのパレードの意義だから」
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