オムレツの圧力は最強説

 カフェの店内は人で埋め尽くされていた。

 お馴染みのジャズミュージックは耳に届いてこない。ガヤガヤとした話し声で掻き消されてしまっている。

 サラはそんな人の溢れた開放的な店内を見渡しながら言う。

「わあ、すごい人だね。席あるかな……」

「じゃあ私が先に席取ってくるわ。サラは注文よろしくね!」

 ここへ来る前までとはうって変わって、ピピの口調は心躍る様子そのものだ。それほどまでに食事が楽しみなんだろう。

 この『カフェ・ムー』 は、国の中心地である噴水広場に隣接しているということもあってか、人間界の食事を楽しめる空の国唯一のお店として、連日お客さんで賑わう人気のカフェだ。

 洗練された明るく綺麗な店内と、噴水広場を一望できる見晴らしの良いテラス席が、このカフェの集客にも繋がっているのだと、何日か前にサラが見たニュース番組で取り上げられていた。

 だがこの広い店内が、ここまで混雑している状況に遭遇したことがなかったサラは、レジ待ちの列に並びながら戸惑っているようだ。

 ようやくサラの順番が回ってきた。サラはレジで注文を済ませると、店員さんと何やら話し込んでいる。

 その後、商品を受け取ろうとするが、大きめのトレーに乗った食事は少し重い。それが二つとなると、一人で持ち運ぶのは厳しいだろう。だがサラは慣れたもの。ピピにはこの重さは運べないため、普段からサラの役目なのだ。

 サラはピピの食事が乗ったトレーを両手に持つと、自分のトレーを魔法でフワリと浮かせた。

(席見つけられたのかな……)

 サラが歩き出すと宙に浮いたトレーも後方に付いてくる。とても安定した様子で、食器のぶつかり合う音など一切聞こえてこない。

 サラは店内を一周するとテラス席に向かった。

 カフェの屋外に位置するテラス席だが、店内の快適さが維持されている。どうやら魔法で外の冷たい空気を遮断しているようだ。

(ピピは小さくて見つけ難いんだよね……ダメだ、ピピに小さいは禁句よ)

 サラが心の中でそんなことを思いながらキョロキョロしていると、噴水広場に一番近い席から、こちらに手を振っている男の子と目が合った。

 サラが驚いた様子でその男の子に近寄ると、ピピがその子のものと思われるフライドポテトを向かいの席に座りながら食べていた。

「ルカ! どうしてここにいるの? 今日約束してたっけ?」

「久しぶりだな、サラ。偶然だよ、偶然。俺もピピに会って驚いたんだ。席なかっただろう、ここ座れよ」

 椅子を引いて、紳士的な振る舞いをしたのは、サラとピピの幼馴染のルカ・シロンス。色素の薄い肌に、透明感のあるサラと少し似た髪の色。垂れ目で、陽の光で明るい黄色にも見えるブラウングリーンの瞳が特徴的だ。

 ルカの家はケーキ屋で、この時期は忙しいからと、最近は会っていなかった。

「サラー! お腹空いたわー!」

 ピピは香ってきたチーズの匂いに我慢できなくなったのか、駄々をこねている。ピピは強欲なのである。否、間違いなく食欲がそうさせているのだ。

「あー、はいはい」

 サラはまるでピピのお母さんのような気持ちで、両手に持っていたトレーをピピの前に置いた。

 そしてルカの用意してくれた椅子に座ると、魔法で運んできた自分のトレーをテーブルの上へと移動させた。

 宙に浮かせて運んでいたというのに、綺麗なオムライスがそこにはある。丸く盛られたケチャップライスの上に乗った、細長く膨らみのあるふわふわのオムレツは、形を崩していないのだ。ティーカップに注がれたジャスミンティーにも、溢れた形跡は見当たらない。なんとも器用な魔法だ。

「ピピ、ルカがここにいる事知ってたの? 私、ミレーヌに嘘を言ってるのかと思ってヒヤヒヤしたわ」

「ふーふ、ひははひゃっひゅっひょ」

 小さな口にパスタを頬張りながら、何やら呪文を唱えたピピは首を横に振っている。

「……知らなかった、の? その場しのぎの閃きだったって事?」

 サラの問いに、ピピは口の中のものを大袈裟に飲み込むと、ローズティーを一口すすった。

「だってそう言わないと、どこに行くの? って言われるじゃない。カフェよ。って答えたら、昨日も行ったのに? ってミレーヌが不審に思うかな、って思ったら閃いちゃったのよ。サラはミレーヌにブレスレットの事を知られたくない、と思っているんだろうなって……違った?」

「…………」

 サラは言葉が出てこなかった。あの時向けられた笑顔の裏にそんな意味が込められていたなんて思いもしなかったからだ。

(基本的に放任主義のミレーヌが、そこまで追求してくるとは考え難いけど……確かに、ブレスレットを無くしたことを言うつもりはなかった。いや、ピピの言う通り、知られたくなかったんだわ。どうしてかしら……)

 サラはもうすでにパスタに集中しているピピを唖然とした表情で見ながら、そんなことを考えていた。

「ありがとう、ピピ」

 ピピは、サラのその言葉を理解していない様子。何が? とでも言いたげな顔をしながら、また一口と、大好きなチーズのパスタを頬張った。ピピにとってあれは、当たり前の行動だったのだ。

 すると、ルカが不貞腐れたように割り込んできた。

「なあ、なんの話をしてるんだよ二人とも」

 ルカは、二人の会話についていけないのが不満なのだ。

 だがサラは、ニコニコな笑みでルカの口にオムレツを押し込むだけ。無言の圧力である。

 ルカは二人からの雑な扱いにも慣れたもの。その証拠に、無愛想な表情で、何も言わずにモグモグと口を動かしている。サラがもう答える気がないことを、ルカは理解しているのだ。

「そういえば、ルカがこの時間にお店にいないなんて珍しいね」

 サラがそう言うと、ルカはようやく振られた話題に、待ってましたと言わんばかりに表情を明るくさせた。

「それはだって! 今日という日のために店の手伝いを頑張って、ようやく手にした休みだからな!」

「今日は特別な日なの? あっ、これからデート!? お相手は誰!?」

 珍しくルカの話に興味津々のサラに、ルカは「はあ!?」 と声を荒げると、続けて言う。

「サラ! 今日は一年の中で大大大大、特別な日だぞ! 何も知らないでここに来たのか!?」

「わっ、うるさい。声が大きいわよ」

 サラは嫌悪感を最大にしてルカにぶつけたが、ルカはそんなことなんて気にしてない。

「まあ、そうだよな。サラもパレードを見に来たのかと思って驚いたんだが……サラは騎士には興味ないもんな」

 ルカは椅子に深く腰掛け、腕を組んだ。

「そう、今日はここでパレードがあるのね。ああ、だからこんなに混んでるのか」

 お店の混み具合が気になっていたサラは、ルカの話を聞いて納得したようだが、パレードには興味がなさそうにオムライスを食べ出すのだった。

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