グゥッよりもビューンの法則

「ううー、寒い……風が痛い……どうして毎年毎年、こんなに寒い日が二日もあるのかしら。これじゃあ、気温差で体をおかしくするわよ……ああ、寒い」

 空の国の人々にとって、一年の内、コートを着る機会は二日しかない。

 そのためサラは、お気に入りの薄い水色のコートに袖を通しルンルンな気分で外に出たのだが……二日間しか味わないこの寒さ、体感では忘れてしまっていたようだ。

 腕を体の前で交差させ、呪文を唱えるようにブツブツと『寒い』 を連呼しているサラに対して、ピピは平然としている。

「さっきから同じ言葉を何度も繰り返してるけど、そんなに寒い寒い言ってたら、余計寒くなるんじゃないの?」

 ピピは容赦無く突き刺さる冷たい風にも、もろともしていない。

 歯をガチガチと震わせ、寒さから首を守るように肩を竦める、サラの白い息が風に流されて行く。

「ピピは何も感じないの!? 私は尋常じゃないほど寒いっていうのに」

「私を血も涙もない無感覚のとんでもない化け物、みたいに言わないでくれる!?」

「……いや、盛らないで。そこまでは言っていないし、さっきまで泣いていたのは誰よ」

 冷気に当てられているからか、サラの口調も冷たく冷静なものだ。

「そぉーんなに寒いなら交換してあげてもよくってよ! 私、寒さには強いの! オーホッホッッオエェ」

 寒さには強くとも、サラの冷ややかな目線には耐えられなかったピピは何故かお嬢様口調になってしまった。最後の高笑いで締めるはずだったようだが、ピピの練習が足りなかったみたいだ。

 するとサラはピピの嗚咽に驚いてギョッとしたかと思えば、クスクスと笑いだした。

「……大丈夫?」

 笑いながら心配する素振りを見せるサラに、ピピは「ちゃんと練習しとくんだったわ」 と、真面目な顔で返答した。

「でもピピと体を交換したら寒くなさそうで良いーーあっ、やっぱりやめた。小さくて風で飛ばされそうだもの」

 サラは風に押され気味のピピを見て冗談混じりに言ったのだが、どうやらその言葉はピピの癪に障ったらしい。

 サラがキーワードを言ってしまったと気づいた頃には時すでに遅し……

 ピピは冷たい空気の中でも沸騰したてのやかんのように体全身を震わせている。顔を赤くし、今にも目視できそうなほどの白い湯気が鼻から出てきそうだ。

「ムキー! サラと違って私は飛べるんですー! 風に飛ばされても戻ってこれるから平気なんですー! 小さくてもサラのちーっちゃい翼より有能なんですー!」

 嫌味ったらしい口調を炸裂するピピに、自分が先にしでかしたことだ、とサラはグゥッと我慢するも……

「私の翼はこれから大きくなるんだから! そしたらピピなんてビューンって私の翼で飛ばされちゃうんだからね!」

 グゥッよりもビューンの方が勝ってしまった……

 サラの小さな翼では飛ぶことができない。物を浮かせたり、移動したりすることは魔法でできるのだが、自身にその類の魔法をかけてみても、なぜか浮くことすらできないのだ。

 飛ぶためには、大きな翼が必要不可欠。それはサラのコンプレックスと呼べるものなのだ。

 しかし、サラにもあるように、ピピにも気にしていることはある。

 サラはハッと我に返り、勢いで言ってしまったことに後悔した。

 サラの表情が困惑へと変わっていく中、ピピは涙目でサラを睨み続けているのだ。

 ピピはフイっとサラから顔を背けると、先ほどよりも早い飛行で道を進みだしてしまった。

 そんなピピの後ろを、落ち込んだように俯きながら付いていくサラ。

 二人の間に会話のないまま、カフェまでの道のりを辿っているとピピが何かの匂いを察知して呟いた。

「……お腹すいた」

 ピピに敏感になっていたサラが小さく呟かれたその言葉に即座に反応をし顔を上げると、『カフェ・ムー』 と書かれた小さな看板が目に留まった。

 まだ少し離れたところにいるというのに、コーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。

「朝も食べ損ねちゃったもんね。私もお腹すいた」

 サラがそう言うと、先ほどまで振り返る素振りを見せなかったピピが、どういう風の吹き回しか、サラの目を見て淡々と言った。

「私、クリームチーズパスタとローズティーとチーズケーキ」

 食風という、なんとも食欲を誘う香りがしそうな風の吹き回しであった。まるで魔法のように気分をコロコロと変化させてしまう食とは、なんと恐ろしいものか。また、食は人だけでは飽き足らず、妖精までも魅了してしまうのだから増して恐ろしいものなのだ。

(……昨日と同じじゃん。しかも一食でチーズ系を二品って……)

 サラは不意をつかれたようにポカンと、そんなことを思いながら所謂いわゆるマヌケヅラをしている。

「本当にチーズ好きだね……」

 サラがピピのオーダーに引き気味なのは、チーズがあまり得意ではないからだった。

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