巨大な魔物の正体とは
サラとピピは外出する準備のため家の二階にあるサラの部屋へと向かった。
ピピが部屋のドアを開けると、そこには無惨な光景が広がっているのだった。
それもそのはず。あの時のサラには片付けるなんて賢い思考は備わっていなかったのだから。
ピピの第一声はこうだ。
「きゃあああーーーーーーーー!!!!!」
そして第二声目。
「何なのよこれ!! 泥棒!?!?!?!?」
畳み掛けるようにラスト。
「サラ!? あなた探し物をしてたんじゃないの!? これはなに!? 一種のストレス発散方法!? 逆にストレス溜まりそうだけど!?」
部屋の入り口でキーンとする耳を塞いでいるサラに、ピピはズイッズイッと迫った。
「…………ハハッ」
決まりが悪そうに、あからさまな作り笑いでその場を逃れようとするサラ。
ピピはそんなサラにすかさずツッコミを入れる。
「人間界の遊園地の有名キャラクターみたいな笑い方で許されると思うなああああ!」
ピピは昨日行ったカフェに置いてあった雑誌の<人間界デートスポット特集・夢の国編> の記事を思い出して言った。
サラはヘラヘラと笑みを浮かべ低い姿勢でピピの横を通り過ぎると、足の踏み場に気をつけながら部屋の中へ入っていく。
(コートとカバンを取りに来たというのにどこに埋まっているのか……ちょっとやりすぎたわね)
サラがフゥと息を吐くと、いつの間にか近くまで飛んできていたピピがサラの肩を叩いた。
「やりすぎたこと、反省したかしら。わかっていると思うけど、ちょっとどころじゃないわよ」
ピピの柔らかい物言いの中に少しの圧力を感じたサラは叩かれた肩をビクッと震わせた。
サラは顔をピクピクと引きつらせ、下手な笑顔をピピに向けるのだった。
「すぐに片付けますので……少々、お待ちくださいませ……」
サラは若干バクバクと動く心臓の前で、祈るようにして両手を合わせると、瞼を閉じた。
イメージするのは片付いた後の部屋の中。
洋服はクローゼットの中へ。ワンピースはハンガーに掛け、引き出しの中のものは畳んで収納する。
本は本棚へ並べ置き、小物類はオシャレに飾る。
ベットシーツはシワがないように、枕と掛け布団はその上へフカフカになるように乗せる。
(どうせなら出てきた埃も魔法で飛ばしちゃおう)
サラが光に包まれると、部屋の出窓がバッと勢いよく開いた。
カーテンが風に揺れ、冷たい空気が部屋の中を巡回する。
サラは風を肌で感じながら、同じように周りの魔力の流れを繊細に感じとると、それらに話しかけるように願った。
(お願い。散らかった物を移動したいの。力を貸してちょうだい)
するとサラを取り巻いていた光は、サラの願いに応えるように眩しいくらいに彩度を増した。
今まで冷たいと感じていた部屋の空気は暖かくなっていく。
開いた出窓から入る冷たい風とは異なる風が部屋の中全体に漂っているようだ。
一つ、二つと床を覆っていた物が次々と宙に浮かび上がった。
それらはまるで記憶を持つように、あたかも自分の居場所はここなんだと主張するように、躊躇うことなく宙を飛び交い元の位置へと返っていく。
掛け布団がフワリとベットに舞ったのを最後に、サラは閉じていた目を開けた。
そしてすっかり綺麗になった部屋を見渡すと、今度は下手でもなんでもない、いつもの笑顔を見せた。
その笑顔は自身の周りの、薄く消えていく光に向けたものだった。
サラは出窓に近づくと、冷たい風を遮るように窓を閉めた。
「んんー、スッキリしたわね!」
そう言いながら伸びをすると、サラの目の前に置かれているオルゴールがガタガタと動いた。
さっきまで開いていた蓋が閉まっていると、サラが不審に思い見つめていると、カチャッと音がした。
蓋を開け、恐る恐る顔を出したのはピピだ。
「そこにいたのねピピ! 何してるの?」
げっそりとした様子のピピはサラを一瞥すると、オルゴールの淵に両手をついた。そして震える声で言うのだった。
「……恐ろしい……巨大な魔物が私に襲いかかってきたの……」
サラが魔法を発動した時、ピピはサラの肩辺りでいつもの如く浮遊していた。
床に散らばっていたあらゆる物が宙を飛び交っていく中、ピピもそれらと同じ状況下にいたのだ。
サラの両手幅と同じくらいの大きさである、オルゴールを寝床にするくらいミニサイズなピピにとって、そこは戦場だったに違いない。
自身より大きなものが速度を持って一直線に飛んできたら、それはもう恐怖だ。
恐怖は目の錯覚を起こさせる。恐怖で歪んだピピの目には本が魔物に見えたんだとか。
本好きのピピはその大きさにも慣れていたが、そこに恐怖が加わると巨大だと認識するのも無理はないだろう。
なので蓋の開いていたオルゴールに逃げ隠れたと、ピピは鼻をズビズビと鳴らしながらサラに説明した。
サラはなんだか申し訳ないと思い、肩を揺らし涙を流すピピと同じ目線になるように屈んだ。
「ごめんね、気遣ってあげられなくて」
そう言ったサラは、指先でピピの目元の小さな水滴を拭うのだった。
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