雷雲なんて鼻で笑い飛ばせ
キャンディーコロンの営業時間は、午前十時から午後一時、お昼休憩を挟んで午後二時から午後六時である。
午前営業最後のお客さんをピピが見送り終えたところで、サラがちょうどお店に戻ってきた。
「サラ! どうだった?」
ピピはそう言いながら、駆け寄るようにヒューっとドアの前で立ち尽くすサラの元まで飛んで行く。
サラはショックで頭の整理ができず、言葉が出てこない。「うん……」 と、小さく相槌を打つのが精一杯だ。
サラの目線は下がったまま、床をじっと見つめている。
「……」
その様子から、ピピはブレスレットは見つからなかったのだと、悟ったようだ。
ピピがサラの顔を覗き込むと、目が合ったーーいや、正確には合っていない。サラはピピだと認識できていないようだ。ピピを通り越してどこかその遠くを見ている。
今、サラの意識は暗闇の中にいるのだった。
「出口はどこ……どこにあるの。どうして……」
走っても走っても真っ暗闇。
頭上がピカッ、ピカリと光った。暗闇の中に複数の光が差す。
ハッと、すぐさま上を向いた先に見えたのは、うなりを上げて降り注ぐ雷の矛。
こんなのが当たったら粉々になってしまう……
サラの寂しさを和らげていたのはあのブレスレットである。ミレーヌとピピという家族がいるだけで、それで良いと思えていたのも、いつも左手首に心地よい重さがあったからこそだった。
「ーー……おーい、
強い口調で呼ばれた自身の名前でサラが我に返ると、虚ろなそのエメラルドグリーンの瞳にピピが映った。
「ピピ……」
ピピはサラを安心させるようにフニャっと柔らかく微笑んで見せた。
「やっと目があった」
サラもつられるように口角を上げたが、どこか切ない表情だ。
ピピは「元気出しなさいよ」 と、サラの両頬を指で摘んで回し始める。一周、二周、三周とこねるように回すとピンッと指を離した。
「家にないなら、どこか他のところに落としたのかもよ」
サラはヒリヒリする頬を押さえ、明るい声で言い放たれたピピの言葉に肩を落とした。
「……っもう! どうしたのよ! 全っ然、サラらしくない!」
ピピはジタバタと両手と両足を振り回した。
それでもなお、サラは口をもごもごと動かすだけだ。
「……って、……も、ん……」
「何よ! ちっとも聞こえない!」
ピピは腰に手を置き、昨日の夕食のサラダに添えてあったプチトマトのような真っ赤な顔を、ズイッとサラの鼻スレスレまで近づけた。
サラの目は左右に行ったり来たりと動き回っている。そして、サラは行き場を失った瞳を隠すようにギュッと瞼を閉じると、大きく口を開けた。
「私だって見つけ出したいわよ! でもなかったんだもん! 昨日はちゃんとあったのに! ……どこに落としたかもわからないのに、どこを探せって言うのよ!」
予想を上回る声量にピピは後ずさりしたが、負けまいとその可愛らしい声を張り上げた。
「そんなの! いつものサラだったら見つかるまで、何処へだって探しに行くわよ! 大事にしてたものをすぐ諦めちゃうなんてサラじゃない!」
すると、サラはすぐさまカッと目を開けた。
「諦め、て、なんか……」
サラは勢いよく言い返そうとしたが言い止まってしまった。
(あれ……私、諦めようとしてた……?)
その時、ふとサラの頭によぎったのは、幼い頃から言われ続けてきたミレーヌの言葉だった。
ーー自分の弱さを認めなさい。
人と比べて翼の小さいサラは自信をもって人前に出ることができない頃があった。そんなサラにミレーヌは言った。「唯一無二の可愛い翼なのに隠しちゃうなんてもったいない。自信を持てないのは自分自身を認めてあげてないからよ」 と。
ーー自分がどう在りたいのか、進むべきレールは自分自身で引きなさい。
サラがミレーヌに相談をすると、いつも決まった答えが返ってくる。「サラはどうしたいの? あなたの思う通りにしたら良いのよ」
ーー何よりも、他人を想う心は常に持ちなさい。
今にも聞こえてきそうなミレーヌの芯の通った声がサラの頭の中でこだまする。
「ふっ、笑っちゃうわね」
そう鼻で笑ったサラが、笑い飛ばしたのは自身の中のネガティヴな妄想だ。
サラは臆病なのだ。自分に自信が持てずにいる。しかし、尊敬する大好きなミレーヌがサラに言ってくれる言葉は、すぐには自信が持てないけれどその言葉を信じて勇気を出してみようと、サラの背中を押してくれるものなのだ。サラの行動力の源となっているのは、紛れもなくミレーヌの言葉たちである。
(私はどうしたい……?)
少し間をあけて、サラは背筋を伸ばし力強い瞳をピピに向けた。
「ピピ、私にはあのブレスレットが必要なの。だから、探すの手伝ってくれる?」
「もっちろんよ!」
ピピが元気よく高くあげた手は、徐々に下がっていく。
「……で、どこから探せば良いの?」
ピピは苦笑いでこめかみをポリポリと掻いている。
サラもまた苦笑いで「私もわからないんだってば」 と、ため息を吐くのだった。
するとピピは「うーん……」 と、少し考える素振りをして見せた。腕を組んで人差し指と親指は顎の輪郭に沿って添えられている。サラのお気に入りの小説に出てくる探偵の真似だろうか。素振りなだけで思考は回っていないのが、ピピである。
だが、閃き力はその探偵にも劣らないとサラのお墨付きだ。
ピピの表情が何かを閃いたようにパアッと明るくなった。
「あっ! 昨日を再現をしてみるのはどう? 昨日は色々と行ったからその途中に落ちてるのかも」
サラは腑に落ちないと言った表情だが、コクンッと頷くその様子から、ピピの閃きを信じてみることにしたようだ。
すると、カランーカランーと、高くも低くもない音を鳴らすベル。お店のドアが開いたらしい。
「ただいま。店番ありがとうね、二人とも」
外はそんなに寒いのか、ミレーヌは防寒用の手袋を外しながらお店の中に入ってきたのだった。
「お帰りなさい、ミレーヌ」
「ミレーヌおかえり」
サラとピピが順番にそう言うと、今度は上品なベージュ色のコートを脱ぎながらミレーヌは言う。
「あら、お昼ご飯まだ食べてないの?」
その言葉に二人は顔を見合わせると、何やらぎこちないウインクで合図を送りあった。
「そのことなんだけど、これから出てきても良い?」
サラが言うと、ピピが続ける。
「カフェでルカと一緒に食べる約束をしているの」
ピピはスラッと言ってのけたが、サラは驚いてチラッとピピを見た。
ルカとは、サラと同じ歳の、二人の幼馴染だ。
二人は確かにカフェへ行こうとしている。だがルカとそんな約束はしていない。サラとピピはいつも一緒に行動をするため、このところ合っていなかったルカとの約束なんて、もっぱらの嘘であることをサラは確信している。
サラはこれもピピの閃きなのだろうか、とも思ったが、ミレーヌは嘘にとても厳しいため、軽く握っていた手が徐々に湿っていくのを感じた。
「ルカくん、久しぶりじゃない。ええ、楽しんでいらっしゃい。でも今日は本当に寒いからね、着込んで行きなさいね」
ミレーヌの明るい口調にサラがホッと胸をなでおろすと、ピピは悪びれる様子もなくサラにニコッと笑って見せたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます