魔法と魔力と言葉と願い

「まずどこから探すべきか……」

 ブレスレットが無くなったと気づいたのは朝起きた時だ。ベッドの下にでも落ちているのかもしれないと考えたサラは、二階にある自室から探すことにした。

 部屋のドアを開け、鋭い目で周囲を見渡した。ブレスレットらしき物は落ちていないと、確認したサラは早足でベッドへ向かうと、その手前でシュッと、四つん這いになった。まるで猫にでも変身するかのような俊敏な動きである。

 サラの部屋は日当たりがいい。外は寒いとはいえど、日光は健在だ。ベッドの下もよく見える。そのため、ブレスレットがそこには無いことも明確だった。

「……無いわ……次!」

 四つん這いの姿勢から、人類の進化図を超高速で再現してみせたサラは、掛け布団を上に持ち上げてはバサッとベッドに打ち付けた。掛け布団にも埋もれていないようだ。

 枕を後ろへポイッと投げてみても、シーツを大胆に剥いでみても、ブレスレットは見当たらない。

 若干焦ってきたサラの行動は荒いものだ。呼吸もまた然り。

 サラはふぅ、と息を吐き、落ち着きを取り戻そうとしてみる。しかし頭の中はブレスレットのことでいっぱいだ。見つからなかったらどうしよう、こればかり考えてしまう。

 冷や汗が額から流れるように自然にその不安な気持ちが表情へ移っていく。

「次よ!」

 強く言い放った言葉とは裏腹に、目に水滴が溜まっていく。エメラルドグリーンに染まる湖が雲の間から漏れ出る陽射しを受けてキラキラと揺らいでいる。綺麗だが寂しいその湖は、決して氾濫することはないのだ。

 サラは不安を払拭するようにクローゼットの折れ戸を豪快に開けた。ワンピースやズボン、スカート、コートなどポケットの付いているものは全てチェックする。カバンを裏返しては、ブレスレットが落ちてこないかと期待する。部屋中の引き出しも全て開け、隅々まで確認した。

 窓際に飾られたキャンディの入っている色違いのリボンを付けた小瓶が三つ。それも一つ一つ他の空の小瓶に移し替え確認した。

 今やピピの寝床と化しているオルゴールの中も覗いてみるが、ブレスレットは見つからない。

(ここにもないか……)

 部屋の中はもうめちゃくちゃだ。散乱した洋服に掛け布団に枕、本棚に綺麗に並べてあったサラのお気に入りの数冊の本までもが床一面に転がっている。サラはあまり物を持たないが、この有様を見ると説得力に欠ける。

 この散らかし……ではなく、隅々まで探し尽くした部屋の真ん中に呆然と立ち尽くしたサラは深く、長いため息をついた。

(もう最終手段だわ。これで反応がなかったら……ここにはブレスレットは無いと言うこと……)

 サラは国の誰よりも小さい翼を持ちながらも、いろいろな魔法を使いこなす。しかしそうは言っても、覚えているものしか使えない。そう、それは空の国の人たちと一緒だ。サラはその覚え方がみんなとは違うのだ。

 徐に自身の両手を胸の前で指を折るようにして合わせたサラは、瞼を閉じ、ブレスレットを頭の中でイメージする。

 色は銀……細やかなチェーンで繋がれた平たい板……光に反射する七色の淡い輝き……<D.A> の刻印……

 サラは白く輝く光にあっという間に包まれていく。その光はいくつもの光の粒となり、サラの周りを漂い始めた。光の粒同士がぶつかるとチリンーーと余韻のある小さな音が響く。

 サラは願った。ブレスレットを見つけたいと、強く、心の中で願った。

 すると光の粒が動き出した。無造作にただサラの周りを漂っていた無数の光の粒は、意思を持ったようにあちこちに一気に放たれていく。

 ミレーヌの部屋、トイレ、お風呂場、一階のリビングやキッチン、お店にも光が飛んでいく。

 家中が光に包まれたのはほんの数秒。その後、白く輝く光の粒は何事もなかったかのように消えていった……

 この魔法は狭い範囲の中でしか使えない魔法であるが故に、その位置まで特定できる。もし家の中にあるとするならば、どんなに見えないところにあろうがすぐにわかってしまう。

 魔法は自身の魔力を言葉にすることで使えるとされている。言葉とはその人の意思である。しかし意思の弱い言葉に魔力を込めても魔法は失敗する。だから、魔法の書を読み勉強して覚えていくのだ。

 魔法の書はその魔法の種類で分けられており、いかに的確な言葉で、どうやって魔力に意思を伝えるのかが記されている。いわば呪文だ。

 だがサラは違う。今のだって言葉を発していない。サラの場合、言葉ではなく心で思う願いに魔力が反応するのだ。

 サラがいろいろな魔法を使いこなせる理由は、空気の中に混じる自然の魔力のおかげである。サラが願うと空気中の自然魔力が集まってきて、彼女の思いを汲み取るように力を貸してくれる。

 体外の無数の魔力を感じること、その魔力の流れを読むことでサラの魔法は完成する。サラはそういう風に魔法を覚えてきた。

「だめね……反応の の字もない」

 独りでに呟いたサラの言葉にも誰からも何からも反応はない。

 最初から魔法を使って探していれば、時間をかけることも、こんなに部屋を荒らすこともなかっただろう。

 しかしサラは怖かったのだ。だって、どこで無くしたか見当もつかないのだから。

 唯一、期待できたのは自室の中だった。魔法を使えばほんの数秒でその期待が崩れ去ってしまうかもしれない。

 探したい、見つけ出したいのだけれども、次はどこを探せばいいのか……まるで雷雲の中に迷い込んで抜け出すこともできず、雷に撃たれる気持ちになる前に、その期待に賭けてみたかったのだ。

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