可愛い可愛い雲の妖精は妄想好き
これはまだ、サラが小さい頃の話。
両親の名前や素性を知らないサラは、親代わりであるミレーヌの側をいつも離れなかった。そのため、お店の手伝いも毎日行っていたのだ。
来店するお客さんは子供連れが多く、店内は楽しそうにキャンディを選ぶ賑やかな会話で溢れていて、サラはそんな光景を見るのが好きだった。しかしそれと同時に、寂しくも、悲しくもあった。
ある日、サラが商品を補充していると、ふと、ある親子の会話が聞こえてきた。
「ママ、パパ今日は早く帰ってくるかな。このキャンディで一緒に遊びたいんだ!」
「ええ、そうね。帰ってきたら、三人で遊びましょうね」
そんな幸せそうな親子の様子を、サラは密かに、静かに見つめていた。
その日の夜、自室のベットに入りミレーヌに絵本を読んでもらっていると、サラはあの親子のことを思い出した。
ミレーヌとの生活が楽しいがゆえ、それほど気にならなかったことだが、やはり寂しいと思ってしまう。
サラは言葉を零すように尋ねる。
「私のお母さんと、お父さんはどこにいるの? 帰ってくる?」
サラの問いにミレーヌは困ったように顔を曇らせては、本をそっと閉じた。
「どうして離れ離れなの?」
サラが再度尋ねると、ミレーヌはサラを優しく抱きしめて「ごめんね……」 と、震えた声で囁くだけだった。そんなミレーヌの表情は心が搾りとられる様な、切ない、悲しいもの。初めて見るそれに、サラの心がズキズキと痛みを覚えたのだ。
(ああ……これは聞いてはいけなかったのかなあ……)
幼いながらもそう解釈するサラだが、涙が溢れてくるのを止められない。
するとミレーヌはサラの頭を撫で、震える声で歌を歌い始めた。とても安心するそのメロディに、サラはいつの間にか眠りについていたのだった。
サラはその後何日か、寝つきが悪く眠れない日々が続いていた。
またこの日の夜も、ベットに入り頑張って目を瞑っていると、ミレーヌが白い箱を持って現れた。
「サラ、プレゼントよ。開けてみて」
蓋を開けると中には、金色の装飾で飾られた、鮮やかなエメラルドグリーンの小箱が入っていた。
サラが丸い形をしたその小箱を取り出し、カチャッと蓋を開けると、あのメロディが流れてきた。真ん中ではその音にのって、小さな四本足の可愛らしい羊が踊るように回っている。
音楽に耳を澄ませると、夢の世界へスーッと落ちていくようにサラは眠りにつけたのだ。
そのメロディはまるで、魔法にかけられているかのような、サラの気持ちを包み込んでくれるものだった……
「今思えば、どうしてピピは雲の妖精なの? 羊の妖精じゃないの?」
「
ピピは身を乗り出し、カワイイを強調して見せた。
「ああー、なるほどー」
棒読みでそういうサラは、知っているのだ。ピピは確かに可愛いが、調子に乗せると面倒臭いことを。とても厄介だ。この上なく面倒臭いのだ。だから深く突っ込まないのが一番の回避術なのである。
「もう! 聞いてきたのはサラでしょう。もっと興味持ってよ! ミレーヌが持ってきたということはクラリス女王様が作った可能性もあるんだから! 羊さんの可愛さを分かっているだなんて、さすが女王様」
ピピは想像を膨らませるのが上手だ。妄想と言うべきか……それにしても、絵に描いたような見事なウットリした笑みを浮かべている。
「相変わらず、ピピは女王様が大好きね。会ったことないのに」
やれやれ、といった口調で言ったサラに、ピピは舌を突き出した。
「会わなくても分かるんです! ミレーヌに似た、魔法の気配を感じるのよ。優しく見守ってくれているようなこの感じは、クラリス女王様のものと見て間違いないわ!」
「はいはい……でも、ミレーヌが作ったと考えるのが妥当でしょう?」
サラの言葉は、またもやピピの耳には聞こえていない。
「女王様はどんなドレスを着ているんだと思う? イヤリングにネックレスもきっと豪華だわ! あっ、それと指輪も大きな宝石が付いたものよね! それからそれから……」
ピピの独り言はとても大きい。会ったことのない女王様に期待の想像を膨らませている。
するとピピは何かを思い出したかのように、ハッと我に返った。
「サラ、ブレスレット!」
「うん……でも、まだお客さんいるから」
サラはピピのように忘れていたわけではない。ただ、店内を見渡すと、商品を眺め、手に取るお客さんが何人かいるのだ。
「店番は私がするから、家の中、探してきなよ。大事なものでしょう?」
ピピはサラの腕に視線を向け、微笑んだ。
サラは無意識に左手首を摩っていたのだ。いつからそうしていたのか……いつの間にかの行動に気づいたサラは、一瞬、切なそうな笑みを浮かべた。
そしてサラはピピに向き直ると、改まった表情を見せる。
「店番、よろしくね。探してくる!」
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