2・1⑥ タッチと言われたくないわけ
なんてバカなことをしたんだろう。木田の表情が徐々に緩んでいくのを見て、今このリビングでできそうな殺人の方法を思わず考えてしまった。
「お前、星の数ほどいる女の中で、よりによってあの怪力女が好きなのか!? ありえねえ! どこがいいんだ!?」
これだから言いたくなかったのだ。十人中十人がこんな反応をするだろうと分かり切っていた。
「うわあ驚いた。人生最大の衝撃かも」
「そんなにか?」
「ああ、ドラえもんの声優が変わった時よりもびっくり」
「そりゃあ言いすぎじゃないか」
「え、なんで好きなんだ? あのゴジラみないなやつのどこが好きなんだ?」
木田は椅子をガタガタ言わせながら立ったり座ったり飛び跳ねたりして勝手に盛り上がっている。見ていて本当に嫌になる。
「ばあちゃんに聞かれるだろ。静かにしてくれ……」
「あ、悪い悪い。で、いつから好きなんだよ?」
「昔から」
「好きな理由は? どこが好きだ?」
「分からん」
「なんだよそれ。じゃあさ、向こうはお前のことどう思ってんの? 少しは脈はあるのか?」
「ない。あいつは香取慎吾しか興味ない。俺が笹井と映画に行こうがなんだろうが全然気にしてなさそうだったし、むしろ笹井といるのを見てニヤついてたし」
「いや、必死に気持ちを隠してる可能性だってあるぞ。実は両思いだったりして……」
「俺の前で平気でゲップも屁もするんだぜ? この前なんか俺の目の前でワキ毛の処理もしたんだぞ!? 好きな男の前でそんなことする女見たことあるか?」
「……脈なしだな」
「だろ?」
嫌な雰囲気になってしまった。さっきまでは盛り上がっていたくせに、脈なしだと確信した途端、木田は静かになった。
恋愛話はこれだから苦手だ。両思いであったり、脈ありでない限り決して盛り上がらない。失恋した暁には、葬式のような空気になるからもっと困る。勝算のない恋は誰にも話さずそっと胸に秘めておくのが一番安全なのだ。
「でもさ、ライバルはいないだろ? 今は両思いでなくても、少しずつ距離を縮めていけばいいんだよ。男と女だ。きっとチャンスはあるさ」
「いや、いる」
「は?」
「一人だけいる」
「何が?」
「ライバル」
「は? 誰だよ」
木田の顔が引きつっている。俺も多分しんどいような、笑えるような、なんともいえない不気味な顔をしていると思う。
「早人」
木田がまた固まった。
考えている素振りはしているが、にわかには信じられない事実をどう噛み砕こうか迷っているようにも見える。もしくは、「はやと」という名の知り合いが他にいたかどうか、記憶を必死に辿っているのか。
「……早人って、まさかお前の兄貴のこと?」
「そう」
「は!? 嘘だろ『タッチ』かよ! 兄弟でバトルとかマンガじゃあるまいし!」
「『タッチ』だけは言うな」
「なんでだよ『タッチ』でしかないだろ! 兄弟揃って幼馴染の女が好きとか!」
「だからやめろって!」
思わず叫んでいた。あまりの俺の大声に、木田が眉をひそめた。
「なんでそんなムキになるんだよ。ただのマンガだろ?」
「お前、弟の和也がどうなったか知ってるか? 浅倉南が好きなのは達也と和也どっちだったか知ってるか? 和也は甲子園行けないまま死ぬ上に、どう足掻いても最初から南は達也が好きだったという悲しい男なんだぞ! だから『タッチ』を例に出さないでくれ! 縁起悪いから!」
一気に責め立てたせいか、木田は縮こまってしまった。
自分からけしかけた恋愛話が思いの外、雲行きが怪しいからだろう。好転しそうのない他人の恋愛ほど気分が乗らないものはない。
別に木田は悪くはない。俺が気にしすぎているだけだ。
ただ言霊というものもあるし、下手に言葉にするとそれが本当に現実になりそうで怖いのだ。なるべく言いたくないし聞きたくない。
「てかさ、確実なのかよ」
「なにが?」
「お前の兄貴もあのゴリエが好きだってこと。お前の勘違いとかではないのか?」
「確実」
「なんで?」
「兄弟だし、毎日一緒にいるから分かるんだよ。なんか、他の人に対する目と全然違う。あいつ、他人の話は全然興味なさそうでどうでもよさそうな顔してるけど、夏を見る時の目だけはなんか違うんだよ。なんか……感情が目から出てる感じ? 多分本気で好きだと思う」
「そうなのか? 確かに『目は口ほどに物を言う』って言うけど、なんか確証がない感じだな。あくまでお前の直観って感じ。そもそも本人がはっきり言ったのかよ? 好きだって」
「いや、言ってない」
「ほら、言ってないだろ? 本人が明確に言ったならまだしも、違うならまだ分からないだろ。お前の兄貴は単純に家族として好きなだけじゃないか? というか他に仲いいやつがいないだけじゃねえの? お前の兄貴友達少ないだろ。だから比較対象が少ないだけで、『目が違う』っていうのは、あまりアテにならないんじゃ?」
確かにそうかもしれない。早人が放課後誰かと遊んでいるというところをほとんど見たことが無い。基本的には家に直帰するかバイトをするかの二択だ。早人は友達が少ない方だろう。
でも俺の勘は間違っていないと思う。根拠はないが、自信はある。
「じゃあさ、とにかく二人きりになる時間を増やせよ。それでとにかく、相手の機嫌がよくなることをしろ。まずは好感度を上げるべきだろ?」
「ま、まあ確かに」
「そして兄貴とゴリエが二人きりになる機会をなるべく減らす。お前も参加して、自分の知らぬ間に横取りされるのを防ぐ。これしかないだろ」
「そ、そうだな」
あまりにも的確なことを言う木田が意外だった。ここまでガチで語ってくるとは。
「まあ、一番は好きになるのをやめることだな」
は?
「笹井にしておけよ」
「なんでそうなるんだよ!」
「だって脈もロマンもトキメキもない怪力女より、よっぽど笹井の方がいいだろ! 今からでもいいからさ、笹井にしろよ」
「いや、無理だって」
「お前花火誘われただろ? 絶対行けよ?」
「なんで知ってるんだよ」
「俺が助言したから。絶対告白OKすると思ってアドバイスしたけど、もし万が一断られても諦めるなって言ったんだよ。絶対花火誘ったほうがいいよって」
「なに余計なことしてんの? 俺にどうしてほしいわけ?」
「笹井と付き合ってほしい」
「なんで!?」
「お似合いだからだよ。それに俺、随分前から笹井に相談されてたから協力したいんだ」
「なにそれ。全然知らないんだけど」
口が軽い木田にしては、凄いことだ。笹井と木田の繋がりに、今まで全く気が付かなかった。
「とにかくさ、笹井と花火行ってやってくれよ。それから判断しても遅くないだろ? 一緒に行って、それでも気持ちが変わらなかったら笹井も諦めるらしいからさ、今回だけはいいだろ?」
「マジかよ……」
「笹井と花火行かなかったら、みんなにお前の秘密バラすからな。ゴリエの件」
段々調子を取り戻してきた木田は、ノリノリになっている。こんな条件卑怯だ。断り様がない。
それに二学期が始まった時、秘密が広まっていないか不安だ。木田ならうっかり口を滑らすかもしれない。
もし秘密が漏れていたら、必ず木田の首を取り、朝礼台の上に見世物にして晒してやろう。たとえ末代まで祟られたとしても、知ったことではない。
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