2・1② 死にそうだ
まずは部屋の掃除から始まった。
あまりにも埃がすごくて、ギャーギャー言いながら三人で掃除機をかけたり雑巾でゲームにかかっていた埃を拭いたりすることになったのだ。
まさか真夏に年末掃除並みの作業をするとは思わなかった。おかげで汗だくだ。
掃除の時点で結構疲れたのだが、早人の熱意は一切冷めておらず、そのままゲーム大会が強行されてしまった。
Wiiスポーツやマリオをやり、それに飽きたらDSをやり、それが終わるとバイオハザードⅣ、懐かしの電車でGOやぷよぷよもやった。久々すぎて操作がうまくいかなかったが、早人は心底楽しそうだった。
おじさんに「てめえらいい加減にしろ!」と今日だけで何度怒られたか分からない。それでも俺たちは深夜の3時までゲームをしていた。
たかがゲームで本気になって泣いて喜んでいたあの小学生時代が蘇ってくる感覚を、指先で一つずつ思い出していくようで、快感だった。
人生で一番自分の感情に素直で、やりたいことだけをやって、毎日夏休みのように充実していた日々を、今この瞬間だけは取り戻すことができた気がしたのだ。
一旦仮眠をとり、朝の7時にラウンドワンに自転車で向かった。夏はふらふらで、俺も半分意識が薄れていたが、早人はまだまだ元気そうだった。貫徹続きで体が慣れていたんだろうか。変なところの体力はあるみたいだ。
ラウワンでは、俺たちはそれなりに本気でボーリングをした。
夏はテニスで鍛えた豪快な投球でストライクを連発。対して早人はガターが多くて、見るに堪えなかった。俺は……まあ二人のちょうど中間くらいのスコアだ。
3ゲームし終わった頃にはみんな年寄りみたいにヨボヨボになっていて、誰も球を持てなくなっていた。俺も部活を引退してからしばらく経つし、これでは確実に全身筋肉痛だ。夏休み中で本当に良かった。
「あ! プリクラ撮ろう!」
帰り際に、夏がそう言った。ラウンドワンの出口付近にはゲームコーナーがある。夏のレーダーがそれに反応してしまったのだろう。
「よくそんな元気あるな。俺は無理」
意識が半分この世にいない早人が呟く。
「なんでこんなボロボロの状態でプリ撮るんだよ。俺はパス。2人で撮って来いよ」
俺も早人に便乗するように言った。眠気で判断能力が薄れていたのだ。選択権は俺たちにはないというのに。
「うるせぇんだよお前ら! 黙って付き合え!」
「はい。すみませんでした」
「申し訳ございません」
案の定夏の逆鱗に触れてしまった。決定権は夏。基本中の基本なのに、寝ぼけていたせいか忘れていた。
あんなにふらふらだった夏が、プリを見た途端水を得た魚のように元気を取り戻したのを見ると、女子高生のパワーはバカに出来ないなと思う。
夏について行くようにゲームエリアに近付くと、入口すぐ横で小学生の女子二人組が『ラブアンドベリー』で遊んでいた。姉妹だろうか。微笑ましい光景だ。
そう思っていたら突然姉らしき方が急に顔を上げ、目が合ってしまった。その子はぼさぼさの髪に半分開いていない俺の風貌に、ぎょっとしていた。
夏は一番手前にあった『花鳥風月』と書かれたプリクラ機に入ると、勝手に画面操作を始めていた。早人はもうプリ機に入るのが精一杯だったようで、壁にもたれかかり、「もう勝手に始めてくれ」と死にかけ状態だ。目が開いていない。このままではプリ機の中で寝てもおかしくない。
「はい! 撮るよ! お兄ちゃん起きて! 起きろ!」
パアンッ。
夏の怒号と共に破裂音が鳴る。夏の強烈な張り手を食らったようで、早人は勢いよく飛び起きた。
『3・2・1』
シャッター音と同時に、部屋が真っ白になる。余りにも眩しくて目が痛い。それは早人も同じようで、目頭を押さえ項垂れていた。
角膜が焼かれたようにチカチカする視界。なんとか焦点を合わせ画面を見ると、写真が表示されていた。
俺と早人は目がほとんど開いていないし、髪もぼさぼさで酷い有様だった。プリクラの加工技術でも疲労感が隠しきれていない。夏も髪は乱れているが、表情だけは一番決まっていた。
「あんたらほんとひっどい顔」
夏が笑う。勝手に心臓が弾んだ。
撮影が終わると、俺と早人はベンチに直行した。夏は一人で揚々と写真のデコレーションをしていたが、もう俺の知ったことではない。
夏が落書きをしている間も、先ほどの姉妹がまだ『ラブアンドベリー』で遊んでいる。コーディネートに相当迷っているようで、急いでカードをスキャンさせていた。
『ありえな~い!』
そんな音声が聞こえる。焦りまくる姉妹の奥に、緑色のアーケードゲームで遊ぶ少年たちが見えた。
「早人はムシキングって知ってる?」
「え?」
「男版ラブベリみたいなやつ。ほら、あそこで男子たちがやってる」
眠すぎるからか、早人は子どもたちにガンを飛ばすかのような鋭い目つきで俺の示す場所を見た。そこにはヘラクレスオオカブトが画面いっぱいに映っている。
「あー、最近流行ってるね」
「何が面白いんだろうな。だって結局はただのじゃんけんだろ?」
「まーたそんなこと言って。お前も世代だったら絶対ハマってるって」
「そうかな?」
「そうだよ。大人になって冷静に考えればなんでハマってたのか分からないようなゲームでも、実際やってみると楽しいものだし、子どもだからこそ夢中でやるんだよ。邪念がない純粋なうちにやるから楽しめるの」
哲学とポエムと主観の混合物みたいなこと言う田所と重なる。そんな早人にちょっと寒気がしたところで、落書きを終えた夏がプリクラから出てきた。
シールが機械から出ると、夏はプリクラ機横に常設されているハサミできれいにそれを三等分した。
プリをじっくりと見ると、なにやら早人と俺の顔の横に文字が書かれていた。目を擦りながら確認すると、ようやく解読できた。
『マヌケ』『ヘンタイ』
「……なんだよこれ」
「事実を書いたまでです」
『決まった! バッチリね!』
ラブのコーディネートに成功したようで、姉妹の楽しそうな声がうっすらと聞こえてくる。
何か言ってやりたかったが、疲労と眠気で言葉が出てこない。夏は強引に俺と早人にプリクラを渡してきた。
正直こんなプリいらないのだが、夏が写っているし、三人で初めて撮ったものだし、とりあえず財布にそれをしまった。
♢
家に着く頃には、もう昼前になっていた。
夏の家はガス業者が来ていて騒がしかったため、とりあえず俺の家にそのまま三人で帰宅した。風呂に入る元気はなく、三人とも涼しい和室に倒れ込んだ。
畳の良い匂いがする。和室の端にある、じいちゃんの仏壇が目に入る。彫りの深い顔をしたじいちゃんが、微笑んでいるような気がした。
涼しさと畳の心地良さから、俺、早人、夏の順で寝転んだまま、みんな動かなくなった。
「もう無理。疲れた……」
そういう夏の声は枯れていて、声だけで眠たいのだと分かる。
「二人ともありがとう。なんか昔に戻れたみたいで楽しかった」
「なんだよいきなり。気持ちわりいよ」
「変なの。お兄ちゃんどうしたの? 明日死ぬの?」
「いや……最近全然三人で過ごせなかったから。やっぱり俺、三人でいる時が一番楽しいよ」
確かに、早人の言う通り三人でこんなに過ごしたのは久々だ。それに正直すごく楽しかった。
久々に「ゲーム部屋」でゲームをやって、三人でボロボロになるまで体を動かして、夜を明かして、なんだか全力で過ごしていた昔を思い出して懐かしい気分になった。
あの頃は毎日楽しかったな。くだらないことで夢中になって、本気になって。
早人は意外と寂しがり屋なのかもしれない。三人で一緒に過ごすのが願いだなんて俺だったら考えられない。
目を閉じ耳を澄ますと、セミの鳴き声、二人の寝息、扇風機の音が聞こえた。それが眠りへと誘ってくれて心地良い。
風で髪が優しくなびく。服に染みていた汗が自然と乾いていくのを感じる。この蒸し暑さと、時々流れる涼しさが、夏だと感じさせてくる。みんなで過ごす、11回目の夏だ。
昔はみんなでプールに行ったり、キャンプに行ったり、星を見に行っていたな。どうして行かなくなったんだろう。どうして誰もやろうとしないんだろう。どうして誰もそれを「寂しい」と言わないのだろう。
扇風機の向きを変えようと目を開けると、早人の背中が見えた。
俺よりも狭く細い肩幅。横向きで寝るのが小さい頃からの早人の癖だが、高校生になってもその癖が抜けていない。その背中が、呼吸とともに上下にゆっくりと動いている。
早人の肩の向こうに夏の顔が少しだけ見えた。早人も夏も、すっかり寝てしまったみたいだ。
すると突然、夏のいびきに近い荒い寝息が響いた。突発的な現象に、思わず吹き出してしまった。
もしかしたら口を開けたまま寝ているかもしれない。もしくは、半目のまま寝てしまったかもしれない。夏は普通の顔で寝ることも、静かに寝ることもできないのだ。
今日はどんな顔をしているだろうか。
寝顔を見てやろうと思い、上半身を起こし、そっと早人の肩の向こう側を覗き込む。すると夏の顔がはっきりと見ることができた。相変わらず口を大きく開けてバカみたいな顔をしている。頬に畳の跡も付いている。
そんな面に笑ってしまったが、同時に激しく後悔した。
「なんだよ……」
俺は、夏が好きだ。
4歳の時から、ずっと夏だけが好きだった。
夏を誰にもとられたくないと思っていたし、夏が自分以外の男を好きになるなんて考えたくもなかった。
でもだからといって、今すぐ夏と付き合いたい、夏の彼氏になりたいと思っていたわけじゃない。いつの日か夏も俺と同じ気持ちになってくれればいいと、いつか想いが通じればいいと思っていた。
だけどそれはあくまで俺の願いであって、実際に夏が俺を好きになってくれるとは限らない。
それに、俺以外の男が夏を好きで、夏もその男のことを好きになる可能性だってある。
俺はその現実からずっと目を逸らしていた。
それが一番傷つけたくない、一番争いたくない、一番大切なやつだったからだ。こいつと争うくらいなら、ずっと三人で平和に仲良く過ごしてしまえばいいとすら思っていた。
でもいざ現実を突きつけられると、全身が震えるほど、動悸が収まらないほど、全力でそれを拒否しているのが分かる。
夏をとられたくない。
誰であろうと絶対に。悔しいけど、紛れもなくこれが俺の本心なのだ。
早人の手が夏の手と繋がっている。覆うように、早人の手は夏のそれを握っていた。ごく自然に、それが当然かのように。
扇風機の風が二人の髪を揺らす。夏は少しうざったそうに顔を歪ませながらも、幸せそうに寝息をたてている。早人はびくともせず、俺の動揺に気付かないまま、静かに寝ている。
どちらからだろう。
夏の手を早人がそっと握ったんだろうか。無意識に手を伸ばしていたんだろうか。
俺の存在を忘れたかのように二人だけぐっすりと眠っている。すっかり目が覚めた俺など気が付かないままいつまでも深く、深く。
ああセミの声がうるさい。暑苦しくて、死にそうだ。
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