1・2⑥ 幼さと埃臭さと
――2002年――
『Round2 Fight!』
6回目の対戦が始まったと同時に、いつも通りコントローラーを連打する。
俺の攻撃をいつもかわす夏に一発くらい食らわせられたらラッキーだな、という程度の考えから編み出した悪足搔きだ。パーフェクトで倒されたくないという子どもなりのプライドがあったのだ。
どうせ全てかわされてしまうだろう、そう思っていた。
それなのに、なんとたまたま夏がその時くしゃみをしやがった。夏は口元を押さえようとコントローラーから手を放していたようで、気付いた時には風間仁の繰り出す攻撃が始まっていた。
操作主を失った無抵抗なファランは風間仁の総攻撃をまともに食らい、夏が焦ってコントローラーを握った時にはその体は地面に叩きつけられていた。
『K.O.』
低い音声が部屋に響く。
「か……勝った……」
早人が、奇跡を見たように唖然としている。
俺も現実が受け入れられなくてほんの数秒、呆然としてしまった。でもすぐに喜びが押し寄せてきて、嬉しさのあまりコントローラーを投げ捨て、腕の中で早人を抱き締めていた。
「すごいよ勇人! 奇跡だ!」
俺に抱かれた早人が全力で喜んでいるようで、俺も思わず「よっしゃあああ!」と絶叫していた。
しかしそんな天国はすぐに終わる。
突然俺の頭に鈍器で殴られたような衝撃が走った。
恐る恐る後ろを見ると、夏がコントローラーを握りしめたまま肩を震わせて立っていた。コントローラーで俺の頭を殴ったのだ。
俺は、夏の顔を見ればある程度爆発寸前かどうか分かる。
今は……もう爆発した顔だ。
「てめえ! ずるしやがって!」
「うわあああ!」
『Final Round Fight!』
夏の鉄拳が、俺の背中や尻、足を襲う。無抵抗な俺に、夏の手加減無しの総攻撃。痛みと驚きと恐怖とで、俺は半泣きだった。
「ごめん! 夏ごめん! 俺が悪かった!」
「うるせえんだよ! むかつく! ふざけんなよ!」
夏のワンツーサイドキック。思わず呻く俺に、一切手加減無しのボディブローまでかましてきた。初めて俺に負けたのが本当に悔しかったようだ。
「夏、やめなって!」
早人が間に入っても暴走は止まらない。もはや夏は俺だけではなく、早人の髪にも掴みかかった。
「あんたら二人ともまとめて半殺しにしてやる!」
「うわあああ!」
「夏! 夏やめて! う、うぎゃあああ!」
人間は体だけ成長しても、精神も成長しなければ意味がない。成長と学習をしない者は愚かにも、失敗の歴史を繰り返してしまうのだ。
――2007年7月――
夏の部屋を出ると、真正面にゲーム部屋が視界に入った。
いつも目に留まるのに、なぜかずっと避けていた空間。もうしばらくこの部屋には入っていない。入るなと禁止されたわけでもないのに自然と誰も入ろうとしない。
今思えば、早人が中学受験で忙しくなり徐々に三人でゲームをすることが無くなっていったのがきっかけかもしれない。もしくは、DSの台頭と同級生の家でゲームをするようになったことで、わざわざこの部屋でゲームをやる必要がなくなったというのがあるかもしれない。
とにかく、中学生を過ぎたあたりからこの部屋に籠ってゲームをすることが無くなっていた。
扉を開けると、昔と変わらないテレビとゲームを収納しているだけの棚が待ち構えていた。扉のすぐ横には、棚にも収まらなかったソフトたちが乱雑に段ボールに放り込まれている。
ソフトの上にかかっている埃がその年月を感じさせる。空気もなんか埃臭いけれど、何も変わっていないこの空間だけ時間が止まったまま世界から取り残されているような感じがした。
「うわ……サクラ大戦じゃん。懐かしー……」
俺たちがこの部屋で遊び始めた頃はまだ20世紀で、お互いの存在と、ゲームが人生のすべてだった。
窓もないゲームだけが積み上がっているこの部屋で、俺たちは世界の中心にいるような気がしていた。
自分たちがこの世界の主人公だと思い込んでいて、どんなこともできると漠然と信じていた。
ゲームをして、遊んで、ご飯を食べて寝る。そんな親に守られ不安もなかった時代。
この部屋に入るとそんな無邪気で怖いものがなかった頃が蘇ってくる。
『スリー、トゥー、ワン、ゴーシュー!』
そうやって昔、三人で遊び倒したベイブレードは今一体どこにあるのだろう。埃の中を必死こいて探せば見つかるだろうか。もしくはもう、おじさんが捨ててしまったのだろうか。
思えば夏は、リカちゃん人形やシルバニアより、俺たちと一緒にゲームばかりしていた。
おじさんたちは男勝りな性格になっていく夏を気にして、人形やぬいぐるみを買ってあげていたようだったが、夏はそれが逆に気に入らなかったようで一度もそれで遊ぼうとはしなかった。
必死に俺たちと同じであろうとしていたのだ。
俺たちと一緒に遊び、同じものを食べ、同じ場所で過ごす。女もののゲーム、絵本、人形などは興味がないというより、拒否していた感じだった。
夏の頑固な性格が、大人の決めた型に抵抗していたのかもしれない。俺たちを区別しようとする世界に、嫌気がさしていたのかもしれない。
夏はよく、男女で異なることに「なんで?」と聞いておばさんたちを困らせていた。
なんで男の子と女の子は服が違うの、なんで男の子の周りにはピンク色がないの、なんで女の子は髪を伸ばすの、なんで女の子は遊戯王をやらないの、なんでお兄ちゃんがハム太郎を見ただけでみんなからかったりするの。
みんなで温泉に行った時、夏は「どうして私はお兄ちゃんたちと一緒に入れないの!」と泣き叫んでいたこともあった。
男と女。
それはあらゆる場面で区別が生じること、社会が決めた枠組みが存在することを、まだ何も理解できていなかったのだ。年齢も知識も経験も何もかも、追い付いていなかった。
あの時の俺たちは、1999年に世界が終わると本当に信じていたほど幼稚で、Y2K問題が一体何なのか理解できないほど未熟で、不完全で不安定な子どもだった。
90年代から2000年代へ、20世紀から21世紀への転換に追い付くにはまだ幼すぎた俺たちは、たとえ世界が変わっても、自分たちだけは何も変わらないと信じていた。
その信念とは裏腹に、俺たちは自然と背が伸び、成長し、いつの間にか社会の変容に適応していた。
頑なにスカートを履かなかった夏が、突然髪を伸ばし、チェックのミニスカートを履きだしたのは小学生の頃。
俺がゲームで負け続けても一切涙を流さなくなったのも同じ頃。
早人がゲームをする代わりに鉛筆を握り、分厚い参考書を片手に勉強に没頭し始めたのも同じ頃。
今でもこのゲーム部屋で、幼い頃のようにゲームをすること自体はできるだろう。「懐かしー」なんて言いながら、思い出話に花を咲かせながら、身体が記憶している指の動きに心を躍らせるだろう。
でもあの頃のように、たかがゲームで泣いたり、感情に任せて喧嘩をしたり、意地を張って理屈に逆らったりすることはない。
あの頃ほど、なんでも信じて、予言だとかお化けだとか、そんな確証のない曖昧なものに本気で恐れることもない。
好きな人の名前を書いた消しゴムを使い切るまで必死になることも、その消しカスを集めて謎の物体を生成することもない。
俺たちはいつの間にか変わってしまったのだ。
きっと、伸びた背を縮めることができないように、あの幼少期の日々を手に入れることはできないんだと思う。
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