仮面の国

@rooow555

仮面の国

話は私が生まれる前から。

日本の経済は破綻しました。それは世界中で流行ったウイルスの出元が日本というデマをたまたまみんなが信じてしまったからか、定かではありませんが。日本は先進国から大きく遅れをとり、やがて世界でも下から数えた方が早い程貧しい国へと成り下がりました。

そうなると国内の治安も大変荒れたそうです。僅かな金のために平気で人を殺したり、盗みや誘拐は日常茶飯事。皆外を怖がり、家の中にこもりました。十分な食料の蓄えもないままに。


飢餓により多くの人が亡くなり日本もおしまいかと思われた時、かつて先進国として世界を共に引っ張っていた数国はその事態を憐れみ食料や生活用品の供給をすることを決めました。その知らせを聞いた日本人はとても喜び供給が行われる広場に集まりました。が、やっぱりロクでもない人間は絶対いるもんでその供給を受けに来た人を襲うなんてこともありました。供給の喜びも束の間人々はまた家に籠るようになりました。

それでも数国の先進国はまだ日本を見捨てませんでした。わざわざ生存者の民家を訪ね、食料を供給して回ってくれたのです。日本人が家の扉を開けるのは月に一度の食料の供給の時だけになりました。


そんな生活をして数年、日本は転機を迎えます。何と日本にまだ油田が残っていたことが分かったのです。石油の販売で日本は軌道に乗り、人々も次第に家の外に出てくるようになり以前の日本に戻りました。

ただ1つの事柄を除いて。


日本人が忘れたもの、それは笑顔です。

長い間希望も何もない家の中、限られた人間としか関わらずに過ごしたせいで日本人は笑うということを忘れてしまいました。感情を忘れたとか、そういう訳ではなくこの数年で生まれる感情は悲しい、苦しい、怖いとか、楽しいという感情とは程遠い感情しか生まれなかったものですから笑顔なんては到底出来なかったのです。


笑顔が無いことによる弊害はポツリポツリと出てくるようになりました。外国人が日本にくると決まって「なぜあなたはそんなに楽しくなさそうなの?」と言いますし、「接待って言葉を知らないのか」と怒り出す人もいました。日本人は真面目に働いて相手をしているはずなのに訳が分かりません。さらに極め付けは世界で核廃絶が決まって各国の首脳が笑顔で取り決めを結ぶ中、日本の首脳だけが難しそうな顔で握手をしたものですから海外メディアからは「日本不服?日本は核を隠し持っているのではないか?」など、笑顔が作れないがためにたくさんの問題が浮上しました。

これに危機を感じて日本政府が実行したのが、私の考案した笑顔プロジェクトでした。


最初は見よう見まねで真似した笑顔をCMで流して笑顔を浸透させ次に月一回の笑顔の講習会。徐々に段階を踏んで皆に笑顔を取り戻させる、これが当初の笑顔プロジェクトでした。

しかし覚えの無い笑顔と言うものに皆は戸惑い理解を拒みました。そうしている間にも世界からの評判はどんどん悪くなっていきます。

政府は痺れを切らし強硬策に出ました。

笑顔をしていない人間に罰金を課し、笑顔ができるようになるまで拘束したり、それでもできない人間は秘密裏に殺されたりもしました。みんな必死に笑顔を覚え、常に笑顔を絶やしませんでした。そのおかげで街には笑顔が溢れ世界からも愛想が良くなったと言われるようにまで至ったのです。


しかしそのプロジェクトによって私達はまた1つ大事なものを忘れてしまいました。人々は笑顔でいないと何をさせるかわからないという恐怖から常に笑顔でいました。辛い時も悲しい時も。

私たちが忘れたのは表情です。

どんな感情からも結びつく表情が笑顔に行き着いた私達は笑顔以外の表情を出来なくなりました。笑顔という決して外せない仮面をつけながら生きていくしかなくなったのです。


日本が笑顔のあふれる国と世界から認められるようになりプロジェクト発案者である私は政府からとても賞賛を受けた。同時に日本人から表情を奪ってしまったという罪悪感に押しつぶされそうになりました。自分の子供の出産に立ち会った時生まれた赤ん坊が仮面のような笑顔をしながら産声あげた時いかに自分のプロジェクトが愚かだったのか実感したのです。私は本当に償いきれないほどの事をした。私は、私は......




一通り話し終えると老人は俯いて嗚咽を漏らした。ただその顔も私達の見慣れた仮面のような笑顔だった。

「貴重なお話ありがとうございます。当時の笑顔プロジェクトに関わっていた方から直接お話を聞けて大変光栄に思います。今後は政府が過去に犯した過ちを忘れないように総理大臣として国務に尽力していく次第です。本当に本日はありがとうございました」


老人を外まで送ると部屋に戻り海外新聞を開いた。見出しには「狂気!日本人はいつでも笑顔。世界の核問題会議の場でも!」と書かれ、世界の首脳たちが苦い顔でいる中ニコニコしている日本人の写真が添えられていた。このところの世界では日本は笑顔の国ではなくヘラヘラしているだけの国と非難の声で溢れているようだ。


「これからの私達はどんな顔をすればいいものか...」

悩みながらひとり呟いた私もやはり笑顔だった。







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