ジークハルトの過去

 

(また、やってしまった……)


 ジークハルトの横には、彼に散々体を貪られ力なくクタリと横たわる、哀れな新妻カテリーナがいた。その無残な姿を見おろしながら、ジークハルトは心から懺悔をしていた。

 学園を卒業してすぐにカテリーナと結婚してからというもの、彼の箍は完全に外れてしまい、毎日のようにカテリーナを求め続けていた。


(申し訳なく思ってるんだ! 本当に……)


 任務ではいくらでもきく自制が、カテリーナ相手だとまったく効かない自分が酷くもどかしい。


「……カテリーナ、愛している」


 カテリーナは深く寝入っており、ジークハルトの声は絶対に届いていないのだろうが、彼女の耳元で囁きジークハルトも眠りに落ちた。


 ♦︎♦︎♦︎


 ──ガキィィィインッ!!


 ジークハルトがハッと気付いた時には、先程まで固く閉じていたはずの紫色アメジストの瞳が、すぐ近くでジークハルトを見つめていた。


 ただその瞳にいつもの甘さは一切なく、ジークハルトを殺気を込めて睥睨している。


「………私との戦いの最中によそ見だなんて、随分と余裕あるのね」


 気付けばジークハルトと彼女の手には大剣が握られており、激しい剣戟から発する、凄まじい剣圧によって周囲は吹き飛んでいた。


「──ハッ! そんな事ねーよ。俺はこの百年以上、お前一筋だ」


 常のジークハルトよりも、幾分軽薄な声を発してはいたが間違いなく自分とカテリーナの声だった。


「……その軽口も、いい加減聞き飽きたわ。お前が率いてた闇の軍勢も私達が消し飛ばしたし、とっととお前も消えなさい」


 大剣を振るっているにも関わらず、体幹もブレず一切の息切れがない。人間の女ではまずあり得ない戦いぶりに、ジークハルトは酷い懐かしさを覚えた。


「ツレねー事言うなよ。お前なら俺専用の愛玩ペットにして、一生可愛がってやるからさ。俺の所に堕ちてこいよ」

「まだ、そんなくだらない戯言を……ッッ! 目障りだ、消えろ」


 カテリーナは地を蹴り上げて、ジークハルトの上空を飛び背後を取ろうとするが、ジークハルトは魔力を込めた大剣を地に刺して逆に彼女を吹き飛ばした。


「顔が赤いぜ? ほら素直になれよ、満更でもないんだろ?」

「うるさい! 黙れッッ!」


 女神であったカテリーナとの攻防は、剣だけではなく舌戦も激しかった。他の二人の女神は元々無機物だったからなのか、感情がいまいち読み取れず神経に触るが、カテリーナの事はどんなに部下を殺されようが気に入っていた。


(そうだ……俺は、この時間が好きだった)


 他の奴には無表情で口数少なく、ただ屠るだけなのにジークハルトに対しては、その紫の瞳に少しだけ熱が篭っているように見えた。自分の都合のいい勘違いだとはわかっているものの、もし彼女も同じ気持ちだったならどんなに嬉しいか。


(出来れば、彼女と共に生きたかった。今世ではそれが叶わないから、こんな軽口でごまかして……)


 ──次、また君に会えたらせめてもっと誠実に……


 急に剣を下ろしたジークハルトに、前世のカテリーナは警戒し、大剣を扱い易い細剣レイピアに変えて前に構え直した。


「──なぁ、もし俺が……」


 ジークハルトは、自分が馬鹿な事を言おうとしてるとわかった。グッと拳に力を込め、次の言葉を継げないように自ら彼女の細剣に飛び込み、己の核を貫いた。


 ジークハルトとカテリーナとの距離が、今までにない程一気に近づく。


 滑らかな頬に手を当て、細い腰を引き寄せて驚きに見開かれる紫の瞳を上から見下ろした。


 ──愛してる。


 ジークハルトはそう想いながら、呪いをのせてカテリーナに深く口付けをした。


 灰になる最期の瞬間に見たものは、カテリーナの瞳から溢れている涙だった。


 ♦︎♦︎♦︎


 ──ガバッ!!


 ジークハルトは汗を大量にかきながら飛び起きた。あまりに夢がリアルで気持ちが追いつかない。


 肩で暫く息をした後、サイドテーブルに置いてあった果実水を飲み、ようやく落ち着きを取り戻していく。


 横でジークハルトが激しく動いたせいで、カテリーナの目が薄く開いた。


「ごめん……。起こした」


 カテリーナは気怠げに身動ぎしてこちらへ向く。


「ううん、平気。……大丈夫?顔色酷いよ」


 様子のおかしい彼を心配したカテリーナは、そばに寄ろうと立ち上がろうとした。

 しかし、連日の疲労により足がもつれてしまいベッドから転がり落ちそうになる。あわやというところで、慌てて駆け寄ってきたジークハルトの厚い胸板によって助けられた。


「君の事、もっと大切にしなきゃいけないのに……いつもごめん」


 突然のジークハルトの謝罪に驚いたカテリーナは、腕を回してそのまま彼を抱きしめた。


「……あのね、私前にこの世界がゲームの世界に似てるって話した事あったでしょ? そこにね、王子とか宰相の息子とか色々いたんだけど、その中でもジークが本当に一番好きだったの」


 イザークの考察を聞いていたジークハルトはつい複雑な表情になった。それを見て、更に落ち込んだと思ったカテリーナは慌てて言葉を続けていく。


「で、でねっ! えっと、だから、ジークとこうやって実際夫婦になれて、私は本当に幸せなんだよっ! ……それに、私は前世で家族にあんまり縁がなくって。ジークと、これからいっぱい可愛い子供作って幸せな家庭作りたいから、これ位して貰えると……その、逆に安心っていうか……っ!」


 カテリーナからしどろもどろに紡がれる言葉が、ジークハルトの心に沁みていき、何かが救われたような気がした。


 ジークハルトは街で男装しているカテリーナに触れられた瞬間に、残りの記憶全てを思い出した。

 あの時、泣きながら縋ってきたカテリーナを見て、今世こそ全力で守ろうと誓ったのだ。


(今、俺がカテリーナの為に出来る事を確実にやっていこう)


「カテリーナ……ありがとう。子作り頑張って、家族をいっぱい作ろうな!」


 一瞬カテリーナの笑顔がピシリと固まった気がしたが、きっと気のせいだろうと思い強く抱きしめた。


 ♦︎♦︎♦︎


 その後、ジークハルトとロベルトは、世間話程度に最近夢見が悪い事を互いに話し合っていた。


 二人で話している時に、ふと思い当たる魔術があった事を思い出して、二人同時にアレクセイとイザークを見た。


 イザークは呆れ果てた顔でアレクセイを見ており、当のアレクセイはまったく悪びれなく「たまには初心に帰るのもいいでしょ?」と宣ったのだった。

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【6000PV達成】悪役令嬢三人娘奮闘記 いずみ和歌 @izumi0711

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