花 ~大老狐尾裂一族末位・磊華~

 ◆◆◆


「(クロ、クロ、聞こえるか?)」


「(お? おお! ライカの術か、びっくりした。はーい、聞こえてるよ)」


「(そっちの方はどうだ?)」


「(どうって、順調だよ。杜人の集落がある妖樹の森まで半分くらいってとこだってさ)」


「(ふむ、そうか。ところでな、出発前のクロの予想通りになったぞ)」


「(! ってことは仕掛けて来たって事?)」


「(ああ、現在フウラは襲撃されているな。対象はリンドウ達のようだが、クロの仲間だということで警戒されたのか、こちらにも手勢が攻めてきた)」


「(アンナ達も襲われているってこと? ならすぐに引き返すよ)」


「(いや、それは必要ない。というか、そこからでは間に合わんだろう。竜語魔法を用いた転移の術もまだ不完全なのだろう?」


「(不完全だけど、空中を座標指定すれば危険は無いし、誤差はすぐ埋められるよ?)」


「(そうだとしても、だな。むしろ強者と戦ういい経験になっている。スティカは恐るべき早さで実力を伸ばしているし、アンナにしてもユルミール森海に入ってからの伸びを測るに丁度いいかもしれない。メリエは何か吹っ切れた感じだったな。今ちょうど対峙しているが、未知数ではあるものの、後れを取っているという程の実力差でもない)」


「(でも危ないんでしょ?)」


「(気持ちはわかるが、少しは仲間を信じてやれ。私もいるし、保険に持たせてあるのだろう?)」


「(うーん、でも……)」


「(今クロが助けに戻ってきたら、アンナ達は落胆するぞ。信頼されていないのだ、とな)」


「(……)」


「(心配するな。そのための私だろう。

 ところで、アンナ達に持たせた物、いざとなったら使っていいか?)」


「(え? いいよ。そのために渡したんだから。というか、敵が来たんならすぐに使ってよ)」


「(あのな、すぐにあんな物に頼っていたら、何も成長せんだろうが。アンナもメリエもそれはわかっている。だからこそ、今は己の力で打開しようと試行錯誤しているのだ。

 しかし、どうもリンドウ達の方に攻め込んだ連中は手練れなようでな。鬼が二人に純血種の竜人がいて、未だに拮抗しているらしい。さすがに未知数の我々の方よりは、明らかな実力者の多い方に充てる戦力を増やしているようだな)」


「(なるほど、ライカの鼻ならその辺の塩梅を間違えることは無いって信頼しているけど、無理はダメだよ? 危ないと思ったらすぐ呼んで)」


「(ああ、私にしても見ているだけは退屈だからな。アンナ達に経験を積ませたら手を出そうと思っているところだ。私も殺気の混じる空気の中に身を置かねば勘が鈍る)」


「(……じゃあ、そっちはみんなに……いや、仲間に任せるよ)」


「(ああ、私から言っておく。まぁ、無いとは思うが、状況が変わったらまた連絡する。そっちも気を抜くなよ)」


「(大丈夫。渡した物は全部遠慮なく使って。使い捨てのヤツもまたすぐ作れるから)」


「(……つくづく古竜の、いや、クロの考え出す技は空恐ろしいな)」


 ◆◆◆


「は、花!? う……い……い……に、お、い……」


「アンナ! 惑わされるな!」


「ッ!! うっ!!」


 花弁の広がりと共に、周囲に満ちる甘美で蠱惑的な香り。

 舞い散る花の中に、幻惑を誘う種類の花が混じっているのだろう。

 が、見たところ襲撃者はそれに頼っているような素振りは見せていない。

 つまり、幻惑する以外に、何か意図があるということ。


「柩に納めるには、些か健在に過ぎる。それに血色が良すぎますな。それでは死に化粧が乗りませぬぞ」


 冷めた視線でぼやく、葬儀屋と名乗った男。

 その言葉と同時に、棒立ちしていた住民たちが動き出す。

 先程と同じように、こちらを捕獲するべく突っ込んでくる姿勢を見せた。


「ヤロォ……棺桶に入るのはテメエらの方だぜ!」


「待ちな! まったく、ちょっとは警戒ってもんをしたらどうだい」


 喧嘩っ早く誘いに乗って突っ込もうとした警護の男、キナを宥める女傑。

 実力と経験のバランスが取れているな。

 メリエ程の広い視野に、メリエには無い経験から来る精神的余裕。

 対してキナと呼ばれた警護の青年は、己の力に自信を傾けすぎている。


 これで話を聞かないような性格なら集団の足並みを搔き乱す厄介者になっただろうが、そこはしっかりと弁えているようだ。

 女傑の言に自制心を取り戻したか。


「(メリエ、住民を操っているのは痩せた男の方だな。あの様子、惑花の操られ方では無い)」


 今の段階でわかることを共有する。

 メリエの方も独自に分析をしていたようで、頷いて返してきた。


「(花の男、葬儀屋だったか。何だこの花は?)」


「(ケホッ、これも教会の神秘、というやつでしょうか?)」


 アンナもあの時の城の情景を思い出していたようだ。

 的外れではないが、まだ経験が足りないな。


「(いや、違うな。これは人間種の魔法だ。お前達が魔法を編む時と同じように、あの男からも魔力の匂いがした)」


「(なら、四象魔法ではなさそうですね。血質魔法か、種系魔法でしょうか)」


 スティカは経験は未熟でも、持ち前の知識量で考えを巡らせる。

 これをまだ十分慣れていない戦闘中にやってのけるのだから末恐ろしい才能だ。


「(さすがにあの一回ではそこまで嗅ぎ分けられなかったが、それよりも問題はあの痩せた男の方だ)」


 相変わらず人間達を操っている技の正体がわからない。

 近寄ってみても魔法の匂いも薬品のような匂いもしていない。

 わかるのはあの痩身の男の思考の匂いと、操られている住民たちから感じる思考の匂いが同じということだけ。


 確かに花を使った魔法の方も警戒しなければならないだろうが、何が原因で人間を操作しているかわからない方がまずい。

 下手をすると戦闘中に突然アンナ達が敵の術中にハマる可能性だってあるわけだ。


(魔法でも薬品でもなければ、ましてや幻術という線も在り得ない。一体なんだ?)


 分析しようにも、これだけ接近してもさっきまでに予想できていた以上のことがわからない。

 ヴェルタ王城で異質な匂いを放っていた使徒と呼ばれた連中。

 あの青年もそうした未知の手合いかとも考えたが、今のところ匂いは人間のもののようだ。


「(……仕方が無いな。まずは降りかかる火の粉に集中しろ。さっきクロに念話を飛ばしておいた。渡されている護身具は遠慮なく使えだそうだ。それに、里の窮地は仲間であるお前達に託すと言っていたぞ)」


「(!!)」


 ニヤっと笑って伝えると、彼女らの瞳に活力が漲る。

 そして再度構えて敵を見据えた。


「(みんな、あの花には極力触れるな。匂いもそうだが、猛毒を持つ花や触れると危険な病を齎す花も知られている)」


「(住民を退けながらですか、骨が折れそうですね)」


「(無理はしないけど、できるだけやってみます!)」


 指揮はメリエに任せてよさそうだな。

 今までの様に私ものんびりとはしていられない。


「(今回は私も出る。警護二人が葬儀屋とやらに張り付いている間に、出来るだけ住民たちを制圧するんだ。何が切っ掛けで人間を操っているのかわからないから、動いていなくとも痩せた男に注意しておけ)」


「(今度は警護二人の加勢に入ることも考えよう。互いが互いを援護できるよう守り重視。無理に前に出る必要は無いが、チャンスがあるなら攻める)」


 後方で流れを確認している間に、警護と花の男がぶつかる。


「何だか知らねえが一発で喰い散らかしてやるよ!」


「……納棺の前に、心身を清める必要がありそうだ。その穢れた心、浄化して差し上げましょう」


 向かってきた住民の波を一足で飛び越え、葬儀屋の男に襲い掛かる。

 貫き手の構えを取っていた警護キナの腕は、跳び上がった瞬間に緑色に染まる。

 緑になったと思えば、今度は鱗様の模様が浮かび、更には蛇の頭に変化した。


「久々の生餌だぜ! 好きなところから喰らい付け!」


(腕に呪霊を宿していたのか!)


 蛇と化した両の腕が、瞬時に伸びて葬儀屋の男に絡みつく。

 そのまま捕獲と思いきや、さすがに敵方もそこまでだらしなくはなかった。


「副葬品は、そちらの飼い蛇と、他に希望はありますかな?」

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