哀悼 ~大老狐尾裂一族末位・磊華~
◆◆◆
「……首尾は?」
「……う……う……、い、言われた、通りに……に」
「そうか……これは予想に反して、成功してしまうかもしれんな」
「な、なんで……」
「その疑問は、君の役目の事か? それとも、私の考えについてか?」
「だ、だって、成功したら、し、したら……返してくれるんだろ?」
「ああ、そういう約束だ。しかし退屈だろう。何事も、思い通りにいかないところにこそ、面白味というものがある。
元々、貴種の竜人種どもの埋葬は手間がかかると読んでいた。ギリギリの戦力で事に当たれば成否はわからなくなるはずだったが、余計な茶々が入ったために余剰戦力が投入され、確実性が増してしまった。
が、そこに未確認の手勢。故に戦力は分断。これなら当初の予定通り、どう転ぶかわからない面白さが楽しめるというものだ」
「で、でも……今はうまく……」
「そうだな。上手くいっている。いってしまっている。
今のところ、不首尾があるような気配は無い。鬼が二人に竜人の姫、更には警護と一般竜人もとなれば、手が足りなくなると読んでいたが……ふむ、私の予想以上に彼女達は優秀だったということか。
仕事がやりやすくなる半面、また面白さは減ってしまうな」
「う……ぐ……頭が……ぼ、ボクは、成功して、させて、取り戻すんだ」
「そうだな。身内が突如敵となる君の業は厄介だろうし、事実倒すまではいかずとも上手く足止めはできている。今が正念場だ。踏ん張るといい。
君のその能力はこういった状況に対してとても便利だが、如何せん使用することに対し反動が大きすぎるな。しかも一度使用すれば削れる一方で、元には戻せないのだろう?」
「う……そうだと、しても、アスを、アスヲトリモドスンダ……」
「そうまでしても、か……私には理解できんな。だからこそ、羨ましくもある。
私には、そこまでして得たいと願う何かは無かった。恐らくこの先にも無いのだろう。だからかもしれない。現実を、つまらない、下らないと思ってしまうのは。しかし、それでいいのだとも思う。主の手足には疑問も希望も無用。私のような者こそ、その役目に相応しい。
君の願いが成就されるよう願っているよ。だからこそ、私が尻拭いをしようじゃないか。思う存分やりたまえよ」
「あ……あ……、う、ゴメンナサイ……傷つけるのは……でも、ボクは、諦めない……!」
◆◆◆
静かに動向を見守っていると、敵と思われる二人が合流し、何事かの言葉を交わすと鍛錬場に近付いてきた。
鍛錬場ではアンナ達が群衆を相手に膠着状態を築いている。
やはり戦闘に慣れていない民では、如何に驚異的な連携を見せたとしてもその道の手練れを抑えるには役不足ということのようだ。
しかし私やクロと違い、アンナ達の体力には限りがある。
相手が明確な敵対者ではなく、住民というのがいただけない。
このまま相手の死を恐れ、打開策を見出せずに膠着状態を長引かせれば疲労も溜まる。疲労が溜まれば綻びが出てくるだろう。
その前に何とかしなければと思っていたが、その元凶と思しき奴らは向こうからこちらに来てくれるらしい。
(警護の二人についてもそこまで飛びぬけた実力者というわけでは無さそうだし……)
奥の手はあるのだろうが、同胞に取り囲まれている中で手加減無用の手札は切れまい。
アンナ達にしても、里の人間達を気にしながら未知数の手合いの相手は分が悪い。
特にスティカをあまり刺激すると大惨事が起き兼ねない。
(折角だ。ここいらで一つ、私の沽券を回復させるとするか)
どうも最近、私の扱いが粗雑に感じられる。
別に嫌なわけではない。仲間として気後れなく、素で接してもらえるというのは心地良いものだ。
嫌なわけではないが、さすがにペット扱いが増えると私の威厳というものが損なわれている気がしてならなくなる。
私とてプライドはある。
ちょっとは私の存在を見直す機会があっても良いだろう。
アンナ達に手を出した礼をくれてやるにも、私の鬱憤晴らしのついでにも丁度いいというものだ。
そうほくそ笑む間にも、二人は鍛錬場の門に差し掛かる。
ヒョイと鍛錬場の壁から中に降りると、仕込みを済ませるべく隅に座り込む。
まだ8割以上の群衆が健在であり、間断無くアンナ達に波状攻撃を繰り返しているが、攻撃の度にその手勢は数を減らしていった。
警護二人の方はやはり加減しているのか戦闘不能まで痛めつけるようなことはしていない。
しかしスティカを筆頭に火が着いたアンナ達の方は割と手加減しているかも怪しい攻撃を繰り出し、既に再起不能で倒れた住民は20を超え、折り重なって山ができ始めている。
(やれやれ、命はあるようだが、あれは手当てが大変だろうな。まぁ尤も、己の命が第一という前提は覆らんから正しい判断ではあるが)
そうざっと現状を見渡したところで、例の二人が入ってきた。
「!」
真っ先に気付いたのはやはりメリエ。
続いて最前線で群衆に対処していた警護二人が視線を向けた。
それに遅れてスティカとアンナも空気が変わったことに気付いたようだった。
「ほう。凄いな」
現状を見た二人はそれぞれ反応を示す。
と同時に、襲い掛かっていた群衆の足が止まり、幽鬼のように虚ろな目でその場に立ち尽くした。
「う、う、ぐ、つ、強いよ」
病的に痩せた青年はボサボサの頭を抑え、苦しそうに声を漏らす。
その隣に並び立つのは身なりの良い、口髭を蓄えた美丈夫。
どちらも灰色を基調とした衣を纏い、黒のグローブと、顔に入れ墨のような紋様がある。
「お前達は……」
「まさか君の業で抑え込めぬとはな。同胞を宛がえば十分と踏んだが、手ぬる過ぎたか」
誰何を無視し、美丈夫の方が冷めた目で抵抗していたアンナ達五人を見渡す。
ガリガリの青年の方は冷や汗を流しながらその横で頭を抱えたまま息を荒げていた。
「ハァ、ハァ、おめえらがやりやがったのか?」
殴り飛ばした既知の人々を振り返りながら警護の男がそう言うと、美丈夫はスッと視線だけそちらに流す。
別に笑うでもなく、呆れるでもなく、ただ当たり前というように答えた。
「ああ、そうだよ。我々が仕掛けた張本人だ。目的は、言わなくてもわかるね?」
「いい度胸、してんじゃねぇか!」
激昂し、美丈夫に飛び掛かる。
今までの群衆相手と違い、明確な殺意と動きで間合いを詰めた警護の青年。
「ブッ殺す!」
「キナ! 無闇に仕掛けるんじゃないよ!!」
例の動物のような奇怪な動きの腕が、美丈夫の心臓を胸側と背側から同時に抉るように手刀の形でねじ込まれる。
それを援護するように、女傑が構えを取る。
対して攻撃者二人はその場から動かず、焦ったような匂いも発しない。
突進する青年に、美丈夫が腕を伸ばす。
その灰色の衣の袖から、ブワッと何かが飛び出した。
「ッ!?」
「キナ! 横!」
青年を覆い尽くすように飛び出したのは、様々な色の花だった。
その辺の道端で見たことがある花もあれば、初めて見るような色合い、匂い、大きさの花もある。
ただの花ということはあるまい。
私と同じくそう考えた女傑が、後背から剛腕を振り抜く。
そこから発生した衝撃が、咄嗟に横に跳んだ青年に向かう花の塊を一気に吹き飛ばした。
豪風に舞い散らされる花が、薄暗い森海の暗影に幻想的に舞う。
「……そうとは知らず、綺麗な姿で死を迎えることはまたとない幸福だというのに、避けてしまうのか」
「う、う、ぼ、ボクは嫌だよ。む、無理だから」
「わかった。下がっていると良い。私も、仕事をするとしよう」
表情を変えぬまま、美丈夫が警護二人に向き直る。
「……人は生まれた瞬間から、その時が来るまで、運命に縛られる。花を彩る花弁が自らの意志で散る事が出来ぬように、我らもまた、その役目を終えるまで定めから逃れることは許されぬ。己の意思では自由にできず、時に落胆し、絶望し、そして慟哭する。何と悲しいことよ。
故に我らが悲しき者達に、一足早く、その軛から解き放たれる幸福を齎そう」
そう言って胸に手を当て、静かに頭を下げる。
その手には一輪の匂い立つ赤い花。
「教会専属〝葬儀屋〟。この度の御利用、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます