断
「ゴフゥ!!」
(……前方と、上から)
足元の影からだけではなく、周囲の闇からも攻撃的な意思と空気の動きの気配がある。
狩場に餌がわざわざ出てきたわけだし、狙わない手は無い。
しかしこちらからすると、まとめて襲ってくればまとめて数が減らせるということでもある。
下の影から伸び上がる
ドアニエルの剣の一撃を文字通り喰い止めたことから見ても、その強度は生半可なものではない。
実際、竜の瞳を通して視る影狼の体表からは、並みの生物の数倍の星素が滲み出ている。
古竜種と同じように星素との親和性の高い物体や生物は、耐久性や生命力も高い傾向がある。
影狼が強靭な体毛や特殊能力を備えているのも、種として星素を多く宿していることが起因しているのかもしれない。
「クロさん危な……! 鳥さん!?」
アンナの声とほぼ同時に、アンナの頭上にいた鳥精霊の糸が飛ぶ。
アンナの意思に反応して助けようと支援してくるとは、鳥精霊も順調にアンナに感化されているようだ。
精霊との契約は特殊な魔法や資質が必要という話だが、こうして信頼関係を結んでできる絆には必要ない上に、契約以上に強い力を引き出せることもあるらしい。
アンナの性格を考えても、このまま共に成長できればその絆を確かなものと出来る可能性は高い。
それに関しては素直に喜ぶべきことではあるが、今の状況で手を出されるのはあまり宜しくない。
事実、影狼の顔に巻き付いた精霊の糸は軽く噛み千切られ、大した効果を為していなかったが、それでも影狼の気を引くには十分すぎたようだ。
こちらを狙っていた影狼の視線がアンナの方に向いている。
いくら中位精霊と言えど、上位の魔獣の前にはまだまだ力不足ということだ。
気持ちだけ有難く貰っておき、再度影狼の意識をこちらに引き戻さなければならない。
影狼に冷たい視線を送りながら、久しく忘れていた感覚を呼び起こす。
受け身ではなくこちらから、能動的に、相対した者の命を奪わんとする意志。
竜としての生で学んだ、捕食者としての気概でもある明確な殺意を行動の中心に据えて放つ気迫。
意思に呼応した星素の波と共に、それを漆黒の獣に叩きつける。
お前たちの相手は自分だと、理解させるために。
「!!? ゴル!!」
「ッ!!? この気配……!」
「……これは……」
さすがは上位の危険度が付く獣。
星素の流れを感じ取ることが出来るのかはわからない。
己に向けられる殺気を察しただけなのかもしれないが、機敏に感じ取っている。
今までに見せたことのない威圧を感じ取ったドアニエルとカガミも目を丸くし、何やら困惑の表情を浮かべている。
後でまた何か言われそうだが、今は後回し。
アンナの方に意識が向きかけた影狼だったが、即座にこちらに強い視線を引き戻し、再度、頸椎を噛み砕かんとこちらの首に狙いを定め直した。
それでいい。
さあ、試してみよう。
知恵を搾り、現象を読み解き、科学で歴史を築いてきた、こことは違う世界の人間の英知。
それを再現することができる古竜種の技。
迫る影狼の牙を静かに見据え、静まり返った心でイメージするのは───。
「ゴフゥ!」
竜爪に纏った星素とイメージによって星術が起動し、耳障りな唸りのような異音を放つ。
そのまま、スッと、眼前に迫った影狼の顔目掛けて振り下ろす。
「カッッ!?」
ドアニエルの剛剣を受け止めた牙、驚異的な硬度と耐久性を持った体毛、それがスカッという小気味良い音と共に、縦に真っ二つになる。
瞬きする間も無く鼻先から首の半ばまでが裂け、花が咲くように赤い中身を晒した影狼。
あまりにも一瞬だったために、顔も頭も半分になったにも関わらず何が起こったのかと目をキョロキョロとさせていた。
それも僅かな時間。
ゴボッという湿った音と共に血が噴き出すと、白目を剥いて倒れ、そのまま事切れる。
仲間が殺されたことを受けて、追撃を狙っていた他二匹の気配がたじろいだ。
しかしそこは高危険度の魔獣。
恐怖に縛られることなく、すぐにこちらを狙ってくる。
まず来たのは正面から。
足元に横たわった影狼の巨体の後ろ、仲間の屍を跳び越えながら跳び掛かってくる。
死体が邪魔なのでバックステップを踏んで距離を置く。
そのまま腰を落として迎撃の構えを取ったが、それを気にせず二匹目は突っ込んでくる。
これでは仲間の二の舞、と思いきや、あと一足でこちらに食らい付けるという距離で、影狼はまるでプールに飛び込むように影に潜った。
「!!」
迎撃対象が消え、一瞬動きに迷う。
が、次の瞬間。
死角ともいえる背中にズンという重圧がかかった。
「おっと!?」
影があればどこからでも攻撃できる。
そして今自分は闇の中。
ならば危険な攻撃が届かない場所から致命傷を狙うのは道理だ。
影狼は背中の影から現れると、そのまま体を捻って後頭部を狙ってきた。
しかし───。
「(そう簡単にはいかないよ)」
口にすっぽり入ってしまうくらいの頭に食らい付いたはずの影狼だったが、その牙はガキンという音を鳴らして止まる。
竜鱗で受け止めることもできたかもしれないが、ドアニエルの剣を受け止めた牙での攻撃だ。
さすがに保険はかけておいた。
星術で操る星素は、イメージ次第で物体化できることは学院で実験済み。
元の竜の姿まではいかずとも、今の状態であればある程度なら同じことも可能。
頭を覆う兜をイメージし、星素を押し固め、影狼の牙を阻む。
「ガ!?」
卵を噛み潰すように砕けるはずの頭が、まるで鉄球を噛んだようにビクともしなかったことに影狼が驚く。
その隙は致命的。
ヒュッと竜爪を背中に回し、頭に食らい付いたままの影狼の首を切断する。
これで二匹。
「なん……だと……」
「ウソ……でしょ? ドニーの神刀よりも切れ味がいいなんてあり得るわけ……」
まぁそのままの竜の爪ならばここまで切れ味がいいわけではない。
強度は凄まじいものだが、あまりにも鋭利すぎると生活する上で爪が邪魔となってしまう。
触れるだけで全てをスライスしてしまっては何も掴むことが出来ない。
それでも人間の剣と比べればかなりの業物と同程度はよく切れるのだが、今回の切れ味は間違いなく星術のお陰だ。
さすがに仲間二匹が瞬時に、それも一撃で殺されたことで影狼の動きは鈍った。
好戦的な気配から慎重にこちらを窺うような気配へと変わっている。
それでも逃げようという後ろ向きな気配に変わらないのはさすがと言うべきか。
「(ふむ。真姿の私の尾でも切り落とされそうだな。ただ竜爪の強度を上げただけ、ということはないだろう)」
「(まあね)」
「(で、今回はどんな術だったんだ? クロのことだからまた突拍子もないものな気がするが、それはそれで興味が湧く。術がかかった瞬間、何やら変な音もしていたな)」
「(よく気付いたね。小さい音だったのに)」
「(ふふん。で?)」
興味津々のライカ。
このためについてきているんだぞと言わんばかりである。
元々暇つぶしの延長で旅に同行しているわけだし、力も貸してくれている。
幻獣ライカほどの用心棒を雇う見返りが楽しませるだけと考えるなら破格なのかもしれないが。
「(今回は揺らしただけだよ)」
「(んん? 揺らす?)」
「(そう。でも、ただの揺れじゃないけどね)」
竜爪にイメージしたのは、揺れ。
だが、ただの揺れではない。
それは超高速の振動、超音波振動だ。
地球の医療現場では
まぁメスの場合は振動によって生じる摩擦熱の方を利用しているが、今回はその振動をそのまま切るための力として術に組み込んだ。
摩擦熱として使えば超高温で溶断できるかもしれないが、それだけの熱を爪が持ったら自分の肉体もこんがり焼けてしまうことになる。
使うなら対策が必要になるだろう。
超音波周期の、秒間何万という目ではとらえられない程の速さで振動した爪は、触れた対象を瞬時に切削し、破断する。
振動に耐えるだけの強度を持った竜爪だからできる技だ。
もしアーティファクトとして刀剣に応用できれば
「(……水妖や城で使った術もそうだが、お前の考える術は想像を絶するものばかりだな……どうやったら考えつくんだそんなことを……)」
「(ま、まあね……)」
「(……まあお陰で楽しめる訳でもあるが……)」
一応、振動を応用した星術がもう一つあり、できればこちらも試してみたい。
しかし影狼の死体が二つとなり、残りの気配は四つとなったことで動きが止まる。
さすがに警戒したか。
追おうにも向こうは影に潜ってしまえばどうとでも逃げられるため、下手にこちらから仕掛けるのも難しい。
半人半竜の状態で広範囲を攻撃できる術もあるにはあるが……影狼相手では威力が心配だ。
膠着状態かと思ったが、その時───。
「おやおやおや……まさかここにもいるとはね。なんてこったい……」
いつの間にか、一際大きな気配が現れている。
それは徐々に近づき、ガサガサと木々を鳴らしながら姿を現す。
「……!!」
「おっきい……」
「(群狼の長か)」
姿を見せたのは戦った影狼の三倍はある巨体の、人語を発する狼だった。
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