影との戦い
ヒタリ。ヒタリ。
耳を澄ませば、そこかしこの足元から水が流れ、滴る音。
気配を読むために音を殺し、静寂の中で仲間と身を寄せ合う。
そうすると聞こえてくる、息遣いや自然の音色。
その静寂と静かな音たちが、ザワザワという音に掻き消されていく。
【転身】で肉体を解き、イメージした肉体へと紡ぎ直す。
星素が渦を巻き、それが風となって木の葉を揺らす。
「……! これって、あの時の!!」
イメージしたのは元の竜の姿ではなく、半人半竜の姿。
体格はそのままに、肌や爪が竜のそれへと変わっていく。
竜鱗が表皮を覆い、竜爪が光石の輝きを反射して黒く煌めく。
今回も翼はイメージせず、尾だけが伸びて旅用の頑丈なパンツからしゅるりと覗く。
すぐに2m程まで長くなった。
(……裂けちゃったけど、まぁベルトがあるしいいか)
竜鱗で覆われた尾は、ちょっとやそっとでは破けないよう革が縫い込まれているレザーパンツに、いともたやすく穴をあけた。
特段高いものではないし、予備もある。
そんなことよりも、まずは襲撃者の排除が先だ。
「(そ、そう言えば、く、クロさんの姿って魔法で変えているんでしたね……ハハ、今の今まですっかり忘れていました)」
「(これは……)」
初めて見るスティカやエシリースの反応は尤もだが、アンナやメリエもこの姿を見るのには慣れていないので興味深そうにしている。
「(竜と人間の中間の姿。これなら竜の力も星術も人間の時よりも自由に使える)」
簡単に説明をしてから、ヒュンと尾を振り、先端をリュックの中に突っ込む。
尾を王都の武器屋で買った剣の柄に巻き付けると、シュッと引き抜いた。
元の竜の尻尾よりもやや細くイメージしてあるため、直接打撃に使うには威力が落ちるが、こうした応用に使える。
久しぶりだが尾の感覚は結構覚えているもので、自転車の乗り方や泳ぎ方のように一度覚えるとずっと体が覚えている感覚に近い。
両手は竜鱗と竜爪、尾に〝償うもの〟を構え、正面の影を見据える。
「……その姿……まるで……」
「話は後だ。隙を見せるな」
キリメが何かを言いかけたが、それをドアニエルが制する。
言った瞬間。
「(匂いが上に動いた)」
「……!!」
頭上の影の蟠りから二匹、また同じように落下しながらこちらに牙と爪を向けてくる。
「メリエ! 上だ!」
ライカに遅れること数瞬。
ドアニエルが反応するが、位置的に援護に入るには厳しい場所だ。
「……!! ポロ、頼む!」
「(ご主人に合わせます!)」
メリエを狙った一匹に続き、二匹目の気配も動いた。
メリエは水色に輝く稀水鉱製の剣を構えると、迎撃態勢を取る。
体長4mを越える狼の踏み付けをメリエのような華奢な身体で受け止めようものなら、文字通りぺしゃんこになってしまうだろう。
それを一瞬懸念したが、自分の方にもタイミングをずらした一匹が迫っている。
普通なら一方を抑えれば一方に手が回らなくなる。
だが、今の状態なら十分に反応できる。
「!!? クロッ!」
ヒュッと跳び、まずはメリエ目掛けて落下してくる影狼の横腹を、ギリリと握りしめた拳で撃ち抜いた。
「!!」
ドゴンという音と共に、影狼の巨体がくの字になって横に吹っ飛ぶ。
「(もう一匹……)」
一拍の間をおき、別の個体が牙を剥いてこちらに迫る。
殴った姿勢を整える余裕はない。
「(しかもこの手ごたえ……)」
一瞬悩んだが、尾を振って巻き付けている剣の切っ先を影狼に向ける。
そのまま落下してくる影狼に刺突を繰り出した。
「……!!」
その瞬間。
自身の胸の辺り、そこに気配が生じる。
視線を向けると、光石の光に背を向けたため胸に濃い影が生まれていた。
そこから影狼の大きな首が生え、自分の喉笛に食らい付こうと生暖かい息を吐きながら
「ッ!?」
食らい付かんとする顎を、空いた両手で押さえつける。
それと同時に尾の剣が落下してきた影狼の首筋に入った。
が、ゴリッという衝撃があるだけで、刃は毛皮を貫けない。
〝命を奪えない〟呪いがかかっている剣だが、攻撃すれば対象の精神に痛みや衝撃を与えることが出来るため、無駄ではない。
その品質だけを見るなら十分業物に分類されるであろう名剣。
それを竜の筋力で扱っても、まだ足りない。
「クロさん!」
空中で胸から生えた狼の首を押さえた自分を見てスティカが跳ぶ。
「!! スティカ!」
十分な攻撃を加えられなかった影狼が追撃せんと迫る中、いつの間にか装備したナックルガードを振り被ったスティカ。
そのまま正面から落ちてくる影狼の頭に渾身のパンチを繰り出した。
その鋭い瞳は、竜のそれに変わっている。
「ハッ!」
影狼の顔面に吸い込まれたパンチは、ズドンという少女の拳から出たとは思えない音と衝撃を撒き散らす。
「つっ!?」
強烈な一撃を、生物の弱点ともいえる頭に命中させたスティカだったが、苦悶の声を漏らしたのはスティカの方。
影狼はこちらの攻撃を受けても鳴き声一つ漏らすことなく、機を逃して舌打ちするように眉根を寄せたように見えた。
スティカの打撃で強引に軌道を逸らされた影狼は、ギュルッと空中で一回転して、そのまま森の暗影に溶け込んで消える。
一方の脅威が消えたのを見送り、自分も胸から生えた影狼の首をへし折ろうと力を込めようとしたが、それを察した影狼が素早くまた影に潜って消えた。
「いつつ……! 凄い硬かったです」
殴った拳を抑えたスティカがサッと戻ってくると、痛そうに手をさする。
自分もスティカと同じ感想だった。
漆黒の毛の上から殴りつけた感触は、例えるなら針金の束。
分厚い毛皮などという生易しいものではなく、硬質な針金が体を覆っているような、そんな硬い手ごたえ。
「ああ、それに、まさかあんな場所の影にも飛んでこられるとは思わなかった」
そう言いながら胸の軽鎧をさする。
体の一部から狼の頭が生えてくるという、思考の斜め上の攻撃に心臓が跳ねた。
打たれ強さだけでも竜種の外皮と遜色ない上に、虚をつくような変則的攻撃。
それがこの環境の中、複数で襲ってくる。
成程、やはり上位の危険度を持つだけはある。
「おい、大丈夫か!?」
カガミを守るように立ったまま、ドアニエルが確認してくる。
「大丈夫だけど、こちらも有効打は撃てなかった。弱点は無いの?」
「……初見で無傷とは、恐ろしい連中だ。
弱点か……口内と眼球。俺が知っているのはそれだけだ。カガミ、他にはないか?」
「私も、影狼と遭遇したことなど今までに無いので……わかりません」
この様子ではあまり期待できる情報は無さそうか。
さて、やりようはまだまだあるが……まずはこの状況を利用してまた新しい術を一つ試しておく。
そう考えたところ、今度はドアニエルの方へと一匹が駆ける。
駆ける速さも巨体とは思えない俊敏さ。
「チ!」
ドアニエルはカガミ達を巻き込まないよう数歩前に出ると、刀身に朱を湛えた美しい大剣を構える。
それを正に薙ぎ払おうとした時───。
「何っ!?」
ドアニエルの持つ巨大な剣は、刃も幅広で刀身も長い。
故に意識して扱わねば刃の片面には影が落ちる。
影狼はそれを逃さなかった。
ドアニエルの剣の鍔元。
光石の影になった刀身の面から、ズッと黒く長い影狼の腕が生える。
手の先端にある、これまた影のように黒い爪が、ドアニエルの腕を切り落とそうと狙う。
「チッ! 獣が! なめるな!」
そう言って握りを直したドアニエルに呼応するように、ドアニエルの大剣が朱く輝く。
剣の輝きで刀身の影が掻き消えた瞬間、影狼の腕がバツッという嫌な音を残して切断された。
「ギャア!」
今までどんな攻撃を受けても一切苦悶の声を漏らさなかった影狼が、初めて悲痛な叫びをあげる。
闇の中で木霊した悲鳴のためどの個体なのかはわからないが、腕が切断されたことでの叫びだろう。
仲間の悲鳴に反応し、ドアニエル目掛けて駆けてきた一匹も攻撃をやめて直角に曲がり、森の闇に消える。
体が出ている部分の影が消えてしまうと、問答無用で出ている部分が切断されてしまうようだ。
ということは、この影を渡る能力はドアニエルが言うように、影を利用した瞬間移動という推測に信憑性が増す。
影という扉を開き、自身を移動させるが故、扉が閉じて肉体が挟まれれば───。
「体が移動し切る前に光を当てれば、あの硬い毛皮ごと影狼を両断できるみたいだね」
「簡単に言うな。完全に影を消すほどの強い光は限られる。生半可な光では余計な影を生むことにもつながるのだぞ」
「確かに、わかっても攻略の糸口にはならないか」
それなら、やはり星術で対応してみるか。
「(ライカ、数はわかる?)」
「(……幼体以外に匂いは大きく7つ。うち一つからは血の匂いがしている。腕を失ったやつだろうな)」
「(動けるのは残り6匹か)」
半人半竜に変身したことで星素に対する感受性が高まり、影狼の気配をある程度探れるようになった。
未だ奴らは退く気配を見せない。
カガミの光石の効果も無限ではないだろうし、ここはこちらから打って出る。
「お、おい! 影に入るな!」
「ドアニエルはみんなを頼む」
「チッ! 如何にお前でも嬲り殺しにされるぞ!」
ドアニエルの声を無視し、光石の範囲から出るように歩を進め、濃い影の世界に足を踏み入れる。
その途端、足元の影から気配が生じた。
生えてきたのは頭。
足元から飛び上がるようにこちらの喉笛を狙う動きだ。
竜爪に星素を流し込み、イメージする。
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